小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

言葉

1618 境界領域を超えて 作家に見る飛躍の時

最近、「境界領域」という言葉を聞いたり、文章に使われているのを見ることがある。「専門化した学問分野の2つ以上にまたがる領域」のことをいうが、人生での曲がり角にも使われる。人それぞれに境界領域の時期があり、それを抜け出し飛躍した人もいれば、抜…

1606 人の心を打つ言葉 カズオ・イシグロとサーロー節子さん

「自分の目、耳、肌、心でつかまえたものを、借りものではない自分の言葉でわかりやすく人に伝えること」。6日に老衰のため87歳で亡くなった元朝日新聞天声人語担当のジャーナリスト、辰野和男さんの著書『文章のみがき方』(岩波新書)の中に、先輩記者…

1604 生を愛し日々を楽しむ 冬木立の中で

12月ともなると、遊歩道の街路樹のけやきもほぼ葉を落とした。我が家のすぐ前にある2本だけがなぜか、頑張って赤茶けた葉を3分の1ほど残している。しかし、間もなくこの木の葉も落ちてしまい、遊歩道は「冬木立」の風景になるだろう。「妻逝きて我に見…

1598 ある友人の墓碑銘 「一忍」を胸に…

9月に亡くなった高校時代の友人の墓に詣でた。千葉県鎌ケ谷市のプロ野球日本ハム2軍用の「ファイターズ鎌ヶ谷スタジアム」に近い、自然公園風の美しい墓地である。50段近い階段(足腰の悪い人用にはモノライダーという小さなモノレールのような乗り物が…

1589 韋駄天の輝きを 厚い壁を破った桐生

「桐生祥秀(21)が100メートルで10秒の壁を破った」というニュースを見て、韋駄天という神の存在を思い出した人もいるだろう。韋駄天は、もともと古代ヒンドゥー教の神だったが、仏教に入り、仏法の守護神になったといわれる。 古代インド神話の捷疾鬼(…

1587 9月に吹く風 変わらぬ人間性

物いへば唇寒し秋の風 松尾芭蕉 今日から9月。急に涼しくなった。秋風が吹き、街路樹のトチノキの実が落ち始めた。詩人の大岡信は、日本人の秋風に対する思いについて、面白いことを書いている。最近、ニュースになった政治家のヒトラーに関する発言を考え…

1586 「読書は人をつくる」 時間の無駄では決してない

「読書は満ちた人をつくる」という言葉が好きだ。イギリスのフランシス・ベーコンの『随想集』にあり、原文は「Reading maketh a full man」だ。岩波文庫の渡辺義雄訳は「読書は充実した人間を作り」とあり、英文学者の福原麟太郎は『読書と或る人生』(新潮選…

1582 戦争文学を読む 72年目の夏

最近読んだ本は、「戦争文学」といえる3冊だ。特攻隊長の体験を基にした島尾敏男の短編集『島の果て』(集英社文庫)、戦争を知らない世代が書いた高橋弘希『指の骨』(新潮文庫)、フィリピン・ミンダナオ島で生まれ、ジャングルでの避難生活を体験した衣…

1555 無知は万死に値する 「呉下の阿蒙」を思う

中国・三国志に呉の呂蒙という人物が登場する。彼は無学な武人だったが、主君の孫権から学問をするよう勧められ、勉学に励んだ。後年、旧友の魯粛という将軍がその進歩に驚き、「今はもう呉にいたころの蒙さん(阿はちゃんという意味)ではない」とほめたと…

1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から

まことに、木々の葉の世のさまこそ、人間の世の姿とかわらぬ、 木の葉を時に、風が来って地に散り敷くが、他方ではまた 森の木々は繁り栄えて葉を生じ、春の季節が循(めぐ)って来る。 それと同じく人の世系(よすじ)も、かつは生い出て、かつまた滅んでゆ…

1549 春に文句を言う人は トルコの小話より

冬の寒い一日、皆は、天気の悪いことをこぼしていた。一人が言った。 「満足することを知らんもんもおる。そんな輩は、いつも不平ばかり言うんじゃ。冬になれば、ああなんて寒いんだと言う。夏になれば、なんて暑いんだとくる」 「そのとおりじゃ」とホジャ…

1541 列島に限りなく降る雪 天から送られた手紙

「汽車の八方に通じて居る國としては、日本のやうに雪の多く降る國も珍しい」 民俗学者、柳田國男は『雪國の春』の中で、こんなことを書いている。 現在日本列島は大雪が続いている。まさに柳田國男の言う通りである。日本を訪れ、広島に入ったオーストラリ…

1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く

「天に軌道があるごとく、人はそれぞれ運命というものを持っております。とかく気合いだけの政治家は威勢のいいことを言うが、中身はない。トランプのババじゃあないんだから、自分の主張が全部通ると思っていたら、あなた、すぐに化けの皮がはがれますよ。…

1539 寒風が吹いても 強き言葉で

3が日休んでいた近所の公園のラジオ体操が再開になった。この季節の6時半はまだ完全に夜が明け切らず、薄暗い。周囲の街路灯が点いたままだ。ラジオに合わせて体を動かし始める。冷えが少しずつ消えて行く。手足を伸ばしながら世の中はどう変わっていくの…

1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉

「この世のことはどんな些細なことでも予断を許さない。人生のどんな小さなことも、予想できない多くの部分から組み合わされている」。オーストリアの詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875~1926)は唯一の長編小説『マルテの手記』の中で、こんな…

1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録

安倍首相が今月末、ハワイ真珠湾を慰霊訪問するという。75年前の1941(昭和16)年12月8日、多くの日本人は山本五十六率いる連合艦隊の「奇襲攻撃」に狂喜した。一方、アメリカでは「リメンバーパールハーバー」という言葉が使われた。日本の開戦…

1532 便利さで失ったもの 『薇』・詩人たちの考察

現代社会は便利さを追求するのが当たり前になっている。しかし、それによって、人間は楽になるかといえば、そうでもない。コンピューターは世の中の進歩に役立った。パソコンの導入によって企業の事務処理能力が格段に楽になったはずだが、仕事量は相変わら…

1530 M君の急逝 セネカの言葉で考える人生の長短

中学時代の同級生だったM君が急逝した。ことし7月一緒に旅行をしたばかりで、訃報に耳を疑った。故郷・福島での会合に出て、川崎の自宅に戻った直後のことだったという。ローマ帝国時代の政治家でストア学派の哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカは「生…

1504 千代の富士挽歌 風は過ぎ行く人生の声

8月になった。ことしの立秋は7日だから、暦の上での夏はきょうを含めてあと6日しかない。とはいえ、心地よい秋の風が吹くのはまだだいぶ先のことだ。盛夏の昨7月31日、大相撲で初めて国民栄誉賞を受賞した第58代横綱千代の富士が亡くなった。61歳…

1493 ホトトギス朝の歌 梅雨の晴れ間に

梅雨の晴れ間が広がった先日の朝、近くの雑木林からホトトギスの鳴き声が響いてきた。私にはなぜか子どものころから、この鳴き声が「トッキョキョカキョク」(早口言葉で使われる「東京特許許可局」のうち、「東京」を除く)と言っているように聞こえる。初…

1491 川上さんの予言 大記録への挑戦続くイチロー

大リーグで活躍するマーリンズ・イチローの大記録達成が近づいてきた。8日(日本時間9日)のツインズ戦に出場したイチローは3安打を打ち、メジャー3000本安打まで29本(2971)にまで迫り、メジャー最多安打のピート・ローズの4256本まで日…

1484『わが定数歌』 ある大先輩の歌集から

芽を吹きて欅(けやき)は空に濃くなりぬわが「市の樹(まちのき)」と思ひつつ行く 私の2階の部屋の窓から、街路樹のけやきが見える。緑の葉が遊歩道を覆っている。冒頭の短歌は、若い時分にお世話になった秋田市の大先輩が「わが定数歌」として詠んだうち…

1480 誰にも弱点・アキレス腱が 人を知るために

旧聞に属するが、女子マラソンの野口みずき(37)と男子水泳(平泳ぎ)の北島康介(33)という、オリンピックの金メダリストが相次いで現役を引退した。一方、大相撲界では、幕内最高齢の安美錦(37)がアキレス腱断裂で3日目から休場し、引退の危機…

1479 街路樹の下を歩きながら 文章は簡単ならざるべからず

大型連休が終わった。熊本の被災地では、依然避難所暮らしを余儀なくされている人が少なくない。一方で、被災地以外では多くの人がどこかに出掛け緑の季節を楽しんだのだろう。それがこの季節の習わしだ。以前は私も同じ行動をとっていた。だが、最近は違う…

1458 俳句は謎めいた水晶球・おかしみの文芸 ある句会にて

「俳句は硬直した読みしかできない標語ではなく、謎めいた水晶球のごときもの、すなわち詩でなければならない」。作家で俳人の倉坂鬼一郎は『元気が出る俳句』(幻冬舎新書)の中で、理想の俳句についてこんなふうに書いている。 正岡子規を愛する人たちが集…

1457 「或る晴れた日に」「でもぼくらは永久にもどれない」

何気なく本棚から『立原道造詩集』(ハルキ文庫)を取り出し、パラパラと頁をめくっていると、「或る晴れた日に」という詩があった。外は雨がぱらついている。寒い冬に逆戻りしたような天気だ。 きょうは3月11日。5年前の大災害を思い出しながら、詩を読…

1449 村上春樹の旅行記 「貴重な文章修行」

最近、村上春樹の『遠い太鼓』(講談社文庫)と『辺境・近境』(新潮文庫)という旅行記を続けて読んだ。前者は1986年から3年間、ギリシャ・イタリアに住み、周辺の各地を旅した記録である。後者はアメリカやメキシコ、ノモンハンという海外の旅と香川…

1447 言葉との格闘 乙川優三郎の現代小説

乙川優三郎といえば、時代小説の作家と思っていた。『五年の梅』や『生きる』という本は私の本棚にもある。その乙川が現代小説にも筆を染めている。最近、そのうち『脊梁山脈』など3冊を集中して読んだ。 文芸評論家・作家の丸谷才一は『文章読本』(中央公…

1444 貶められた無限の可能性 この世で最も美しい言葉……

「言葉はこの世の最も美しいものの一つである―言葉は、眼には見えないが、絶えずわれわれの側にただよってわれわれが弾くのを待っている、不可思議な楽器のようなものだ」 オーストリアの詩人、作家、劇作家のフーゴ・フォン・ホーフマンスタール(1874…

1441 最後の手紙は「僕ハモーダメニナツテシマツタ」 子規と漱石の友情

覚せい剤事件で警視庁に逮捕された元プロ野球選手、清原和博の高校野球時代の同級生、元巨人投手の桑田真澄が清原の逮捕について語った言葉が報道された。友を思う気持ちと悔恨の情が含まれた話だ。桑田の言葉は「友情とは何か」を考えさせるもので、明治時…