小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

読書

505 走ること 人類はどこまで行くのか

世界陸上でジャマイカのウサイン・ボルトが100、200メートルで世界新記録を出して優勝した。特に100の9秒58という数字は、日本人には今後100年経っても、更新できない夢の記録ではないか。ほかの選手と比べて、ゆったりとした雰囲気で走るボ…

502 稀有な裁判官 「気骨ある判決」

かつて日本の司法界には、2人の稀有な裁判官が存在した。太平洋戦争時代の翼賛選挙無効判決を出した吉田久と、悪法もまた法なりとして、戦後ヤミ物資の購入を拒否して餓死した山口良忠だ。山口の話は社会の教科書に載ったし、テレビドラマにもなったので、…

500 散るぞ悲しき 硫黄島の栗林忠道

太平洋戦争末期の硫黄島で日本軍と米軍が死闘を繰り広げた。日本側の指揮官は栗林忠道だった。 本土防衛のために死を前提に硫黄島の戦いを指揮した栗林は、玉砕を前に大本営あてに訣別電報を送る。その電文と電報の最後に添えられた時世の句の一部が書き改め…

472 人生の歌 悲運の米国詩人

ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー(1807-1882)という米国の詩人の「人生のさんび歌」(文春新書、あの頃、あの詩をより。以前は「人生の歌」として知られているようだ)という詩がある。 彼は米国では多くの人に親しまれている国民的詩人だ…

467 熱の中で読む「1Q84」 村上春樹のメッセージ

体調を崩した。セキや鼻水は出ないが、熱があり、体がだるい。風邪薬を飲んで、数日、ゴロゴロと横になっていた。そばには気になる本があった。村上春樹の「1Q84」だ。 基本的にベストセラーは読まない。だが、ふらりと寄った本屋でうず高くこの本が上下…

462 「少年」をめぐる2つの作品 「少年の輝く海」「少年時代」

自分の少年時代を思い出して、輝いていたなと語ることができる人はどれほどいるだろう。 比較的豊かな自然の中で少年時代を送った。いま考えると、まばゆいばかりに輝きのある時期を経験したはずだ。しかし、それはいつしか忘却のかなたへと追いやられ、霞が…

317 8月(9) 近くて遠い旅

作者の坂上弘さんは、1936年の生まれだ。いまでは珍しくはないが、19歳という若さで芥川賞の候補作を書いた早熟の作家だ。ペン1本の道は選ばず、リコーに勤めながら作家活動も続けた。 先ごろ、ある会合でお会いしたが、温厚な人柄の紳士である。「近くて遠…

189 文章の磨き方 書くことが大事(辰濃和男著)

文章を書くことは難しい。では、どうしたら簡潔な文章が書けるのか。そうした疑問に答えるのがこの本(岩波新書)だ。作者の辰濃和男は、朝日新聞の一面コラム、天声人語を13年間にわたって書き続けた名文記者だ。 辰濃はこの本の中で多くの作家の文章論を引…

185 野間文芸賞 「ノルゲ」 佐伯一麦のノルウェーの四季

このようにして、ゆったりとした時間を送る日本人もいる。それが私小説作家、佐伯一麦の近著「ノルゲ」(ノルウェー語でノルウェーのこと)に登場する作家だ。6年をかけて書いたというだけに、分厚い小説だ。佐伯に対する冒涜かもしれないが、私はそれを数日…

182 『川の光』 大人も読める寓話(松浦寿輝著)

この土日は穏やかな天気に恵まれ、のんびりと犬と自宅周辺を散歩した。森を切り崩して大規模な住宅街を造っている地区があり、ここに棲んでいた動物たちはどうしただろうかと思った。この街に住んで20年になる。宅地開発のために山が切り崩され、緑は私が移…

180 疲れないための読書法 頭を休める本を選ぶ

読書の秋である。書店に入って、これはと思う本にめぐり合ったときのときめきはだれでも味わったことがあるだろう。そんな本に最近出会い、いま読んでいる。この本については、次の機会に記すとしよう。きょうは、疲れないための読書法についてのうんちくで…

172 小説『どろがめ』 あるクリスチャンの波乱の生涯

この世にはいろいろな人間がいる。そしてすべて個性が違う。だが、この小説の主人公である「どろがめ」こと「亀松」のような、魅力あふれた人物はそうはいない。(「どろがめ」は燦葉出版社刊) 昨今、人間不信となるできごとが何と多いことか。この日本は、…

171 面白い小説を読む楽しみ 辻原登「ジャスミン」

中国・上海と神戸を舞台に、スケールの大きく読み応えのある小説を読んだ。登場人物も魅力があり、男女の愛や日中の歴史、さらに阪神大震災も登場して、物語がどのように進むのか、小説を読みながらハラハラドキドキするという、久しぶりの興奮を味わった。 …

169 「ロッキード秘録」 政治とカネの原点

政治とカネは、いつの時代でも議論の的になる。今回の安倍政権のわずか1年での崩壊も背景にはこの問題があり、戦後の政治の世界も同様だった。そして、顕著な例は「ロッキード事件」だった。 高度経済成長時代のまっ只中で起きたこの事件では「いま太閤」と…

167 カフカ・変身を読む 非日常的ながら現実を投影

周囲に読書好きがいて、ある日「カフカを読みませんか」と、手渡されたのが「変身」(白水Uブックス・池内紀訳)だった。いまさら変わった作品で知られるカフカでもあるまいと、数日放っておいた。 読書好きは、村上春樹の「海辺のカフカ」に触発されて、カ…

151 翻訳小説に浸る 週間読書日記

このところ、なぜか翻訳小説に凝っている。旅の友はこうした外国小説の文庫本だ。最近読んだのは①テリー・ケイ「ロッティー、家(うち)へ帰ろう」②カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だったころ」③ステーヴン・キング「トム・ゴードンに恋した少女」④ケン・…

145 「戦争紀行」 日中戦争の実相を描く本

「戦争紀行」(発行・いりす、発売・同時代社、2500円)という本がこの8月出版された。この本の出版にかかわり、解説めいたことを書いた。この本は、昭和の中でも大きな歴史に位置付けられる日中戦争がテーマだ。著者の杉山市平氏は既に故人だが、学生時代…