小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

人生

2101 医師受難の時代に「ひとすじの道」への思い

医師の受難が続いている。コロナ禍で多くの医師たちが多忙を極めている中、埼玉県ふじみ野市で猟銃を持った男が在宅訪問診療の医師を射殺した事件が起きた。大阪では12月、北区の心療内科クリニックで患者の男がガソリンを使って放火、院長ら25人が殺害…

2090 新年の九十九里を歩く 古刹には名言の碑

『鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ』。仏教詩人といわれる坂村真民の詩の一節だ。コロナ禍で人の命は軽くなっている。そうした現代に生きる私たちを励ますような詩碑が古刹の一角にあった。「浜の七福神」といわれる七福神巡りのコースが千葉県の九十…

2088 コロナ禍の2021年を送る 逆境にあっても明日を信じて

2021年もコロナ禍で明け暮れました。新聞・通信社が選ぶ十大ニュース、今年もコロナ禍が内外ともにトップ(あるいはそれに近い)になっています。何しろ、世界の感染者は2億8436万人、死者は542万人(30日現在。日本は感染者173万3207…

2086 混乱期を生きる母と娘 かくたえいこ『さち子のゆびきりげんまん』

昭和から平成を経て令和になり、昭和は遠くなる一方だ。日中戦争、太平洋戦争という戦争の時代だった昭和。そして、敗戦。70数年前の人々はどんな生活を送っていたのだろう。かくたえいこ(角田栄子)さんの児童向けの本『さち子のゆびきりげんまん』(文…

2085 それぞれの故郷への思い『今しかない』第4号から

よく知られている室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しく歌ふもの」は、『小景異情』という詩の「その2」にあり、望郷の詩句の代表ともいえる。人は年老いるほど、故郷への思いが強くなるのかもしれない。このブログで何度か紹介した『今…

2079 せめて口笛を  人生は短し、芸術は…

ピアノやヴァイオリンは本当に素敵だと思うけれど、私には手が出なかった。 あくせく働くだけの私には、今まで、口笛をものにするのが精一杯。 もちろん、それとてまだ名人芸からは程遠い。何しろ芸術は長く、人生は短し、だ。 でも、口笛一つ吹けない人は可…

2074 寂の空への旅立ち 瀬戸内寂聴さん逝く

紅葉燃ゆ旅立つあさの空や寂(じゃく) 作家の瀬戸内寂聴さんが今月9日に亡くなった。99歳。瀬戸内さんの名前を聞くと、私は必ずある日のことを思い出す。瀬戸内さんが得度し、瀬戸内晴美から瀬戸内寂聴になった1973年11月14日のことである。あれ…

2067 自分の信じる道を真っ直ぐ歩いた人 ある長い墓碑銘

かつて取材で知り合った東京のNさんがことし1月に亡くなったと、奥さんから喪中のはがきが届いた。間もなく11月。そろそろ年賀状を書く季節が近づいている。Nさんとは、中国まで一緒に旅をしたことがある。脳梗塞で倒れ、1年間は車いす生活を送り、奥…

2066 イスラムの秘薬から世界の飲み物に コーヒーをめぐる物語

急に寒くなったため、庭に出していた鉢植えのコーヒーの木を慌てて部屋に入れた。普段の年なら11月半ばにやるのだが、今年は特別早い取り込みだ。これで寒さに弱いというコーヒーの木も何とか持ちこたえるだろう。十数年前、娘が百円ショップで買ってきた…

2057 白鵬引退・一時代の終焉 「負けずに老いる角力かな」

大相撲の横綱白鵬が引退することになった。横綱在位14年84場所、優勝回数45回という大記録を破る力士が今後出てくるとは思えないから、白鵬は歴史に残る大横綱であることは言うまでもない。一方で、晩年の激しい取り口や休場の多さ、その言動に批判が…

2054 ここが私の故郷…… 山はなくとも

石川啄木(1886~1912)ほど、故郷を思いながら人生を送った人物は少ないのではないか。それは啄木の第一歌集『一握の砂』(いちあくのすな)を読むと、実感する。この歌集には「ふるさと」という言葉を使った歌が多いのだ。その一つに「ふるさとの…

2044 孫文と株成金の娘のこと 不思議な人とのつながり

これはコロナ禍以前に、箱根まで行った際に書いた短いエッセーだ。数年前のことだ。そんな日を振り返り読み返している。この世の人のつながりは、やはり不思議なものがある。私と加藤文子さんもそうだった。詳しい経緯は書かないが、加藤さんは私にとって忘…

2041 2000キロの白骨街道逃避行 丸山豊『月白の道』

不明して、最近まで私は丸山豊(1915~1989)という人を知らなかった。医師・詩人で、戦争散文集という副題が付いた『月白(つきしろ)の道』(中公文庫)の作者である。これまで大岡昇平の『レイテ戦記』や江崎誠致の『ルソンの谷間』、伊藤桂一『…

2031 幻滅の大相撲 品性なき横綱とふがいなき力士たち

大相撲名古屋場所は、6場所連続して休場し進退をかけた場所といわれた横綱白鵬が15戦全勝で45回目の優勝を飾り、復活を果たした。この場所をテレビ観戦していた私は、現在の角界に幻滅を感じてしまった。同じ思いを抱く人は少なくないはずだ。その理由…

2029『星の王子さま』作者の鮮烈な生き方 佐藤賢一『最終飛行』

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900~1944)といえば『星の王子さま』の作者として知られるから、多くの人は童話作家だと思うかもしれない。もちろんこの童話はサン=テグジュペリの代表作といえるだろうが、それだけでなく『夜間飛行』や…

2025 出会いの瞬間に生れた悲劇の種 小池真理子『神よ憐れみたまえ』

「どんな人生にも、とりわけ人生のあけぼのには、のちのすべてを決定するような、ある瞬間が存在する。ジャン・グルニエ/井上究一郎訳『孤島』」。この本のエピグラフである。この引用文は何を意味しているのか。私はこれまでエピグラフを注目して読んだこと…

2022 学校へ行く道 黄金色に輝く麦秋の風景

一人の少女が泣きながら登校している。 背負っているランドセル。 黄色い交通安全のカバーが付いているから、小学校1年生だ。 なぜ、泣いているのだろう。 小学校の方から歩いてきた、赤ちゃんを抱いた若い女性が聞いている。「どうしたの。困ったことがある…

2016 「苦しんでいても微笑みを」『今しかない』(2)完

「ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと(Humor ist,wenn man trotzdem lacht)」。これはドイツ語のユーモアの定義で、2020年9月6日、88歳で亡くなった上智大名誉教授アルフォンス・デーケンさんの講義で聞いたことがあります。デーケンさんは日本…

2015「笑顔を取り戻そう!」『今しかない』第3号から(1)

長引くコロナ禍によって、世の中から笑顔が消えてしまったようです。日々のニュースは暗い話題ばかりだと感じます。そんな時、『今しかない 笑顔』という小冊子が届きました。友人もボランティアとして運営に協力している埼玉県飯能市の介護老人保健施設・飯…

1972 甲子園大会ヒーローの光と影 最高年俸投手と刑事事件被告の内野手

今朝配達された新聞には、大リーグのヤンキースからフリーエージェント(FA)になった田中将大投手(32)がプロ野球パリーグの楽天との契約に合意したことが大きな扱いで載っている。年俸もプロ野球史上最高だという。一方、同じ新聞の地方版には、夏の…

1939 ある詩人の晩年 省察に明け暮れた山小屋生活

太平洋戦争・日中戦争は全国民を巻き込み、知識人も例外ではなかった。戦後、戦争に加担したことに対し批判を受け、思い悩んだ知識人・芸術家は少なくない。作曲家の古関裕而をモデルにしたNHKの連続ドラマ『エール』で、主人公が戦後苦しむ姿はその一例…

1920 旭川を愛し続けた人 少し長い墓碑銘

せきれいの翔(かけ)りしあとの透明感 柴崎千鶴子 せきれいは秋の季語で、水辺でよく見かける小鳥である。8月も残りわずか。暑さが和らぐころとされる二十四節気の「処暑」が過ぎ、朝夕、吹く風が涼しく感じるようになった。晩夏である。遊歩道に立つと、…

1917 8年間に6000キロを徒歩移動 過酷な運命を生き抜いた記録

今年5月、このブログで『今しかない』(埼玉県飯能市の介護老人保健施設、楠苑・石楠花の会発行)という小冊子を紹介した。この中に「「私の人生は複雑で中国に居たんです。抑留されて8年間いました。野戦病院だったから、ロシアの国境近くから南の広東ま…

1916 別れの辛さと哀しみ 遠い空へと旅立った友人たちへ

私らは別れるであらう 知ることもなしに 知られることもなく あの出会つた 雲のやうに 私らは忘れるであらう 水脈のやうに (立原道造詩集「またある夜に」より・ハルキ文庫) 梅雨が明けたら、猛烈な暑さが続いている。そんな日々、友人、知人の訃報が相次…

1902 手塚治虫が想像した21世紀 「モーツァルトは古くない」

「鉄腕アトム」の作者、手塚治虫(1928~1989)は、21世紀とはどんな世紀と考えていたのだろうか。「原子の子、アトム」というキャラクターを漫画に描いた天才だから、私のような凡人とは異なる世紀を夢見ていたに違いない。人類を苦しめる新型コ…

1847 来年こそは平和であってほしい「生き方修業」を続ける仲代達矢さん

(来年以降も芝居を通して人々に伝え続けて行きたいことは何でしょうか、という問いに対し)「1つに絞ると、戦争と平和です」。NHKラジオの歳末番組で、87歳で現役を続ける俳優の仲代達矢さんがこんなことを話すのを、散歩をしながら聞いた。凍てつく寒さ…

1844 ブッダ80年の生涯を調べ尽くす 電子書籍『蘊蓄 お釈迦さま』を読む

「般若心経の最後にある『ぎゃあてい、ぎゃあてい、はらぎゃあてい……』(日本では「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい」が一般的だが、このような読み方もあるという)は、どういう意味ですか」この素朴な疑問に対し、僧侶は「分からん」と言って答えてくれ…

1842 地球は悲劇と不幸を満載した星 権力悪と戦った長沼節夫さん逝く

私は30歳のころ、東京の新宿署を拠点に警察を担当する「4方面クラブ」に所属していた。いわゆるサツ回り記者である。地方の支社支局を経ているとはいえ、駆け出し記者だった。ほかの社も、私と同様に地方を経験して社会部に配置された記者が多かった。そ…

1841最長寿蝙蝠(バット)消える 喫煙習慣の終りの始まり

「ゴールデンバット」と聞いて、たばこの銘柄と分かる人はかなり減っているのではないだろうか。1906(明治39)年から続いた日本一長寿の銘柄だが、ことし限りで姿を消すことになった。若いころの一時期、私もたばこを吸ったことがある。しかし、長い…

1823 生後半年で死んだ妹のこと 知人の続・疎開体験記

ことし7月、知人の疎開体験記をこのブログに掲載した。知人にとって、自分史の一部である。今回、知人の許しを得て疎開後に起きた妹の死の記録を掲載する。(登場人物は一部仮名にしております) 仏教用語で「会者定離」(えしゃじょうり)という言葉がある…