小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1480 誰にも弱点・アキレス腱が 人を知るために

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 旧聞に属するが、女子マラソン野口みずき(37)と男子水泳(平泳ぎ)の北島康介(33)という、オリンピックの金メダリストが相次いで現役を引退した。一方、大相撲界では、幕内最高齢の安美錦(37)がアキレス腱断裂で3日目から休場し、引退の危機に立たされた。満身創痍で戦い続ける安美錦の復活を願うばかりだ。

 スポーツ選手は、自分以外の相手との戦い、記録との戦いだけでなく、けがと加齢による肉体の衰えとの戦いがある。野口は優勝したアテネ五輪に続く北京五輪の代表に選ばれながら、左足太ももの肉離れで出場を辞退し、その後出場したマラソンで優勝はできなかった。左アキレス腱を痛めていたといわれるが、それでも37歳まで走り続けた。

 アキレス腱の由来であるアキレス(ラテン語)とは、ギリシャ神話で俊足の英雄として出てくるアキレウスのことで、ホメーロスの作品として伝わる2大叙事詩のうちの一つ『イーリアス』の主人公のことである。

 アキレウスは王家に生まれ、赤子の時に肉体を不死身にするステュクスという冥府の川に全身を浸されるが、母親がつかんでいたかかとが水に浸からず、そこ(アキレス腱)が急所となる。 トロイア戦争(紀元前13世紀ごろ)で活躍したものの戦争の最中、相手が射た弓矢が左のかかとに当たり、これがもとで命を落としたという。

 芥川龍之介箴言集『侏儒の言葉』(岩波文庫)の中で「アキレス」と題して「希臘(ギリシャ)の英雄アキレスは踵(かかと)だけ不死身ではなかつたさうである。――即ちアキレスを知る為にはアキレスの踵を知らなければならぬ」と書いている。一人の人物を知る際の必須の条件をとらえた芥川らしい表現だ。

 人間が歩行するうえでアキレス腱は大事である。ラジオ体操でもアキレス腱を伸ばす準備体操をよくやる。広辞苑を引くと「(比喩的に)強者が持っている弱点。致命的なものとなる弱点」と出ている。どんなに強いものでも、例え独裁者といえでもアキレウスと同じように、どこかに弱点があることを示している。

 スポーツ選手に限ると、アキレス腱を痛めたり、断裂したりするのは珍しいことではない。そして、このけがは選手生命を脅かす存在になる。 安美錦は、モンゴル出身(現在は日本国籍)で40歳まで現役を続けた旭天鵬に代わって、幕内最高齢力士として多彩な技を駆使して力士たちを引っ張ってきた。昨日の栃ノ心との対戦で、相手が土俵を飛び出し勝ったと思った直後にアキレス腱が切れ、土俵真ん中で倒れた。だが、行事の軍配は栃ノ心に上がり、物言いもつかなかった。テレビでも何度もその場面が映し出され、明らかに誤審と分かる。今場所から審判が大幅に替わったというが、新審判の目はどこを見ていたのだろう。

 トロイア戦争といえば、ホメーロス作といわれるもう一つの叙事詩オデュッセイアー』は木馬作戦でトロイア戦争を勝利に導いたイタケー(ギリシャ)の英雄オデュッセウスが長い苦難の旅を続け、帰郷する物語である。オデュッセウスが考案した木馬の模型が現在、トルコ西部の世界遺産・トロイ遺跡の入り口に観光用として置かれている。以前この遺跡を見たが、模型の木馬周辺は遊園地のようで往時をしのぶことは難しいと感じたことを覚えている。

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   写真 世界遺産・トロイ遺跡にある木馬と遺跡風景