小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2105 スポーツの爽やかさどこへ 失望の北京五輪

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「スポーツの爽やかさはどこにいった。つまらない大会だ」。世界でオミクロン株によるコロナ禍が爆発状態のさ中に開催中の北京冬季五輪を見ていて、こんなふうに感じている。なぜだろう。それには、日本選手が絡んだ2の競技が絡んでいると私は思うのだ。五輪は曲がり角に立っていると断言してもいい。2つの競技とは……。今大会から採用されたスキージャンプ混合団体とフィギュアスケート団体――である。この2つの競技については多くの報道があるが、以下は私見である。

 スキージャンプ混合団体では、日本の高梨沙羅ら有力国の女子選手ばかりの5人が競技後のスーツ検査で違反が指摘され、失格扱いになった。ジャンプ用スーツは選手の体から2~4センチのゆとりしか認められないのに、それよりゆとりがあったと判断されたという。通常女性選手には女性の道具チェック責任者(マテリアルコントローラー)が担当するが、今回は突然、男性が加わり、厳しい判定をしたと報道されている。高梨を含め5人全員が5日に行われた女子個人戦でも同じスーツを着ていたというから、検査の方法が突然変わったようだ。これまでは両手を下げた姿勢だったのに、両手を頭の上に上げさせて計測したという選手の証言もある。異例な検査だったことは間違いない。

 メダルが有力視された日本チームは1回目の高梨の得点がゼロとなったものの、2回目全選手が頑張って4位に食い込んだ。それでも高梨は責任を感じたのか、インスタグラムに真っ黒な画像と謝罪の言葉を並べた心境を投稿した。そこには「今後の私の競技に関しては考える必要があります」という引退を示唆するとも受け取れる言葉もあり、高梨が追い込まれてしまったことがうかがえる。後味の悪い結果に終わったこの競技について、国際スキー連盟(FIS)は今後検査のやり方などを改善すべき余地は少なくないのではないか。

 スタート前には、スタート付近で検査を受け、両足を40センチ開いた状態で立ち、股下や腰回りのゆとりなどをチェックするという。さらに跳び終えた後、抜き打ち検査をする仕組みだそうだが、これは抜き打ちではなく、全選手を対象にするなど公平性を担保する必要があるはずだ。1回目で好ジャンプをした後失格になった高梨は絶望を乗り越え、2回目でも見事なジャンプを跳び、チームの4位に貢献した。高梨が責められることはないのだが、この競技をテレビで見ていて、泣き崩れる高梨の姿が痛々しかった。

 フィギュアスケートの団体は、ロシア五輪委員会(ROC)の資格で出たロシアチームが優勝した。ところが、通常競技終了後に行われるメダル授与式が延期された。その理由は女子のショート、フリーともダントツだった天才少女といわれるカミラ・ワリエワ(15)のドーピング(薬物)検査が関係していると、五輪専門メディアの「インサイド・ザ・ゲームズ」が報じた。ワリエワが大会前に提出したサンプルから禁止薬物トリメタジン(狭心症や虚血性心疾患の治療に使われる心臓の治療薬)が検出されたとの報道もあるから、この問題は尾を引きそうだ。ロシアは夏の東京五輪に続きドーピングに国家ぐるみで関与したとして国としての出場は認められず、ROCとして出ている。そもそも国別対抗に出る資格があるのかという批判もある。

 しかし、他の競技にも国別対抗はあり、ROCで出場してメダルを獲得しているから、今回のメダル授与式延期は憶測を呼んでいた。そんな中でのワリエワのドーピング疑惑報道だった。団体戦での15歳の少女の演技は完璧であり、私は感心するばかりだった。早熟の天才かと思ったのだが、コーチ陣によって薬物も使われて作りあげられたロボットのような選手なのだろうか。同じ15歳当時の2018年、平昌五輪で優勝したアリーナ・ザトキワ(19)も、既に第一線の大会には出ていない。ロシアの一部女子選手の選手生命の短さの背景には何があるのか……。メダル授与式がないとすれば、疑惑は深まるばかりであり、IOCは説明が必要だろう。

 以上は不愉快なニュース。羽生結弦が4回転アクセルに挑んだ男子フィギアは、そうではなかった。3連覇が期待された羽生はショートの1回目に予定していた4回転サルコウというジャンプができず、1回転に終わってしまった。羽生によると、踏み切り直前に確認しながらやっていたが、たまたま他のスケーターがつけた穴にはまってしまい、頭が危ないと防衛して1回転になってしまった、という。羽生は「何か嫌われることしたかなって。氷に嫌われたなって」と振り返っていた。

 リンクの条件は同じであり、他の選手もそうした氷の状態に神経を使いながら競技に挑んでいるはずだから、羽生の場合、不運としか言いようがない。10日のフリーで4回転アクセルのジャンプに挑み、転倒したものの、ショートの8位から4位にまで追い上げたのはさすが羽生といえる。しかも、採点表上は4回転アクセルの回転不足の判定で、ジャンプの種類としては4回転半として扱われた。公認大会では初の認定というから、初めて4回転半に挑んだ男として、羽生の名前はフィギュアスケートの歴史に刻まれることになる。

「五輪には魔物が棲む」といわれる。魔物によって頭が真っ白になり、力を十分に発揮できない選手がいる反面、何かに後押しされ、未知数の選手が優勝する場合もある。バルセロナ五輪女子水泳200メートル平泳ぎで14歳の岩崎恭子が金メダルを獲得したのは、魔物が後押しした代表例ではないか。

 一方、羽生のショートは冒頭のジャンプで力を発揮できなかったという点で、この言葉を思い起させるものだった。今回、圧倒的強さで優勝したアメリカのネーサン・チェン(銀は鍵山優真、銅は宇野昌磨)は「4回転アクセルは神の領域だ」と語っている。しかし不可能を可能にしようと、神の領域に挑み続ける羽生の姿は爽やかであり、これぞスポーツではないか。羽生はフリーの演技の後「これが僕の全て。報われない努力ってあるんだな」と、しみじみとした口調で語った。人生はそういうものなのだと思う。