小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2095 遥かな空に描かれた文字は 武満徹『翼』を聴く

               f:id:hanakokisya0701:20220115161720j:plain

 現代音楽の作曲家、武満徹(1930~1996)は、自身が作詞したポピュラー曲も少なくない。中でもよく知られているのは『翼』と『小さな空』だ。元同僚は、今年の年賀状にこの『翼』のことを書いてきた。この曲は「遥かな空に描く『自由』という字を」で終わっている。コロナ禍で閉塞感に覆われた現代。武満の曲は大雪や吹き荒れる北風に負けないよう、私たちの背中を押しくれるように響くのだ。

 元同僚は、様々なことに詳しい物知りだ。記者活動も尋常ではなく、彼の多岐にわたる情報にはいつも驚かされたものだ。当然、クラッシック音楽にも造詣が深い。ある時、彼と喫茶店に入り、コーヒーを飲みながらテレビの特集番組で流れた音楽について、「誰の曲だったっけ」といいながら、イントロを口ずさんだことがある。すると彼は、すぐに「それはチャイコフスキーの弦楽セレナードですよ」(弦楽のためのセレナード ハ長調、作品48)と教えてくれた。

 彼の賀状には「とてもシンプルできれいな曲です。特に最後の《『自由』という字を》にぐっと来ます。自由…。久しく忘れていました」という言葉の後に『翼』の詞が書かれていた。

  ⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄ 

 風よ 雲よ 陽光(ひかり)よ 風をはこぶ翼 遥かな空に描く「希望」という字を ひとは夢み 旅して いつか空を飛ぶ 風よ 雲よ 陽光(ひかり)よ 夢をはこぶ翼 遥かな空に描く「自由」という字を

  ⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄ 

 元同僚が書くように、コロナ禍によってさまざまな自由が制限されている。それだけに「希望」と「自由」は、今一番求められている言葉のように思える。世界を見ると、自由の対義語がまかり通る国も少なくない。独裁国家は民衆の人権を抑圧し続けている。

 戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり

 全体主義国家の不条理と怖さを描いたジョージ・オーウェルの『一九八四年』(高橋和久訳・ハヤカワ文庫)には、この国を牛耳る党の3つのスローガンが出てくる。「戦争こそが平和をもたらすためにいいことであり、自由がないこと、無知であることも美徳の社会」がビッグ・ブラザー率いる全体主義国家なのだ。これと類似した国は、21世紀の現代にも存在する。組織的に歴史も改ざんする。わが日本の役所も重要書類や統計を改ざんしているのを見ると、『一九八四年』の独裁国家とは無縁ではないように思えてならない。

  ⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄⬄ 

 今朝、ユーチューブで聴いた『翼』の曲を思い出しながら散歩した。途中、空を見上げると、東の空に帯状(飛行機雲か)になった雲が浮いている。陽光に照らされて赤く輝いている。これが風をはこぶ翼、夢をはこぶ翼によって描かれた文字なのだろうかと思う。鮮やかな赤い色は、見る位置が変わるとグレーへと変化した。遥かな空。明日はどんな風景を見せてくれるのか。

 

関連ブログ

1926 学べき悔恨の歴史 秘密文書に見るユダヤ人問題

    f:id:hanakokisya0701:20220115163957j:plain

    f:id:hanakokisya0701:20220115162243j:plain