小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2016-01-01から1年間の記事一覧

1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う

安倍首相が真珠湾を訪問した。ことし6月にはオバマ大統領が広島を訪れ、平和公園で犠牲者に花束を捧げた。これによって両国の和解の価値を世界に発信するのだという。だが、何かがおかしい。米軍基地に苦しむ沖縄が置き去りにされたままではないか。 沖縄に…

1537 乾杯!恐るべし 日本酒危機の応援条例

酒造メーカー、月桂冠のホームページによると「乾杯」という習慣が一般化したのは、わが国が西洋文明を取り入れ始めた明治・大正期からだという。ビールをはじめとする洋酒も飲まれるようになり、次第に普及したが、明治末期のころの掛け声は「乾杯」ではな…

1536 考えながら送る黄金時間 冬霧の朝に

朝の散歩道にある調整池から霧が出ていた。冬の霧である。俳句では、霧は秋の季語になる。だからこの季節には「塔一つ灯りて遠し冬の霧 蘭草慶子」の句のように、「冬の霧」を使う。次第に明るさが増す霧の道を歩きながら、この1年を振り返った。 その年の…

1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報

旧日本海軍が真珠湾(ハワイ・ホノルル)の奇襲攻撃に踏み切ったのは1941(昭和16)年12月8日未明(日本時間)で、時差が19時間あるから現地時間は7日(日曜日)朝のことだった。米国ホノルル海軍基地から米海軍省に届いた電報は「Air Raid Pear…

1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉

「この世のことはどんな些細なことでも予断を許さない。人生のどんな小さなことも、予想できない多くの部分から組み合わされている」。オーストリアの詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875~1926)は唯一の長編小説『マルテの手記』の中で、こんな…

1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録

安倍首相が今月末、ハワイ真珠湾を慰霊訪問するという。75年前の1941(昭和16)年12月8日、多くの日本人は山本五十六率いる連合艦隊の「奇襲攻撃」に狂喜した。一方、アメリカでは「リメンバーパールハーバー」という言葉が使われた。日本の開戦…

1532 便利さで失ったもの 『薇』・詩人たちの考察

現代社会は便利さを追求するのが当たり前になっている。しかし、それによって、人間は楽になるかといえば、そうでもない。コンピューターは世の中の進歩に役立った。パソコンの導入によって企業の事務処理能力が格段に楽になったはずだが、仕事量は相変わら…

1531 音楽は希望の使い 市民オーケストラの映画「オケ老人」

「オケ老人」という題名に惹かれて映画を見た。老人が中心の市民オーケストラを、杏演ずる高校の数学教師が指揮するストーリーだ。杏の指揮ぶりが真に迫り、オーケストラのメンバー役の俳優はベテラン(笹野高史、左とん平、小松政夫、石倉三郎、藤田弓子、…

1530 M君の急逝 セネカの言葉で考える人生の長短

中学時代の同級生だったM君が急逝した。ことし7月一緒に旅行をしたばかりで、訃報に耳を疑った。故郷・福島での会合に出て、川崎の自宅に戻った直後のことだったという。ローマ帝国時代の政治家でストア学派の哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカは「生…

1529 初雪にしてこんなに積もるとは 冬の歌を聴く

まだ11月は1週間あるというのに、初雪が降り、数センチは積もった。わが家周辺は一面銀世界の様相を呈し、折角咲き始めた皇帝ダリアの花はしぼみ雪の重みで枝が折れそうだ。11月に雪が降り、しかも積もるなんて、驚くばかりである。 初雪にして一尺とな…

1528 自然公園の晩秋風景 狙いはカワセミとカメラ老人

かざす手のうら透き通るもみぢかな 大江 丸 立冬(11月6日)はとうに過ぎている。暦の上では冬なのだが、晩秋というのが実感である。木々の葉が赤や黄色に色づき、落ちる寸前の美しさを誇っているようだ。この季節、高野辰之作詞、岡野貞一作曲の「紅葉」…

1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校

知人がカンボジアのプノンペンで、一人のガイドに出会った。送られてきた知人の旅行記は、ガイドのことを「氏」という敬称をつけて表現していた。それはなぜなのだろう。読み進めるうちにその理由が分かった。ガイドは私設の学校をつくり、子どもたちに勉強…

1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』

人間は欲望を求める動物である。「食欲、睡眠欲、性欲」が3大欲望といわれるそうだが、このほかにも物欲、金銭欲、名誉欲と欲望は果てしない。だが、その欲望を満たすことできない存在も少なくない。曹乃謙著(杉本万里子訳)『闇夜におまえを思ってもどう…

1525 芭蕉は何を思うのか 唇寒し秋の風

物いへば唇寒し秋の風 人の悪口を言った後に、なんとなく自己嫌悪に襲われ、後味の悪い思いをすることのたとえに使われる、松尾芭蕉の句(芭蕉庵小文庫)である。ちなみに芭蕉の座右の銘は「人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」(中村俊定校注『芭…

1524 ボブ・ディランのノーベル文学賞 サルトルは拒否したが……

《「キューバ危機」の時、ディランは、ソ連からの攻撃を想定した小学生の頃の訓練を思い出していたのかもしれない。》 今年のノーベル文学賞に米国のシンガーソングライター、ボブ・ディランが選ばれた。冒頭の文章は、高橋郁男著『詩のオデュッセイア』(コ…

1523 読書家の生きた証 本を愛して

9月末に亡くなった先輩は読書家だった。同時に、渥美清主演の映画「男はつらいよ」をこよなく愛した人情家だった。 弔問に訪れると、2つの部屋にはおびただしい蔵書が置かれ、在りし日の先輩の写真が机の上に飾られていた。ほぼ日本文学に特化した蔵書は、…

1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感

今回の旅で最初に行ったのは、旅順だった。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。八木さんも生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 「官民の手によって、今日まで丁…

1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って……

特に途上国に行って車の運転をしようとする人は自分の腕に自信があるか、必要に迫られて仕方なく、という場合が多いのではないかと思う。例えば、私は東南アジアのタイやベトナムで「運転を」と言われても、辞退する。車の洪水の中で立ち往生してしまうのが…

1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験

以前、中国を訪れた際、社会主義の国なのだからサービスは不要だというような、店員の態度に腹を立てたことがあった。物を買うと、お釣りを投げ「ありがとう」も言わない。これが中国とあきらめた時期もあった。だが、いまやそうした態度をとる店員はほとん…

1519 中国の旅(6) 若き知日派たち

いま、日本と中国の関係は「非常に」という形容詞がつくほどギクシャクしている。政冷経熱といわれて久しい。今回の旅で2組の若い世代の夫妻にお世話になった。この人たちは日本通で、八木さんの家族のような存在だ。互いに日本と中国を行き来する知人と若…

1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連

中国の旅に、私は何冊かの本を持って行った。その中に清岡卓行著『アカシヤの大連』も入っている。大連で生まれ育った清岡の自伝的小説ともいえる作品で、アカシアが香る美しい街としての大連が描かれている。32年前、初めてこの街に足を延ばしたときには…

1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち

八木さんは旅順で生まれ、この町で1年間だけ小学校に通っている。その小学校を探して歩いていると「旧八一零歴育退休職工活動室」と書かれた平屋の建物が目に入った。文字を読むと、定年退職者専用の建物のようだ。中国にはこのような、定年退職者が集まっ…

1516 中国の旅(3) 日本人と中国人

海外、特にヨーロッパなどを旅していると、あなた(あるいは君)は中国人かと聞かれた経験を持つ日本人は少なくないはずだ。欧米人から見たら、日本人と中国人、あるいは韓国人の見分けはつかないのかもしれない。私たち日本人は中国人や韓国人はほぼ見分け…

1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク

モンゴルの人々はハダクという青い絹の布を大事にする。それは中国・内モンゴルでも同様だ。内モンゴルの工業都市、包頭から車で2時間半かけて希拉穆仁(シラムレン)(モンゴル語で黄色い川の意味)という名の草原に行った。内モンゴルなのだからモンゴル族…

1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて

82歳になる知人がいる。八木功さんだ。生まれてから45年間を中国で暮らし、その後日本に移り、いまも蒲田の中華料理店「ニイハオ」を経営しながら現役の料理人として働き続けている。9月下旬、中国でこの人がどんなところに住み、どんな生活をしていた…

1513 秋の日の送り方 子規を見習おう

きょうは「糸瓜忌」(へちまき)だった。俳人正岡子規がこの世を去ったのは114年前の1902年(明治35)9月19日のことである。絶筆の3句で糸瓜を詠んでいることから、いつしかこのように呼ばれるようになったのだという。このところ急に涼しくな…

1512 彼岸花とアカザのこと 気象変動と食べ物

ことしの日本列島は、台風による大雨で各地に大きな被害が出ている。北海道では農作物への影響も少なくない。温暖化による気象変動が激しい季節だが、秋の彼岸も近い。間もなく彼岸花(別名、曼珠沙華)も開花するだろう。たまたまこの花のことを調べていたら…

1511 雲流れゆく9月 やってくるへちま忌

朝も秋ゆうべも秋の暑さかな 「もう秋のはずなのに、朝も夕方も暑くてたまらない」という意味の句だ。8月が終わり、9月になったが、残暑は厳しい。だが、空を見上げると、秋の気配が伝わってくるように、薄い雲が流れている。間もなく子規のへちま忌(9月…

1510 マラソン選手の命がけの抗議 スポーツの政治利用とは

リオ五輪の男子マラソンで銀メダルを獲得したエチオピアのフェイサ・リレサ選手(26)が額の前で両手を交差させるポーズでゴールインし、圧政を続けるエチオピア政府への抗議だと表明した。帰国すれば殺さるかもしれないという「命がけ」の抗議だった。 リ…

1509  ジャーナリズムの役割とは むのたけじさんのこと

《ジャーナリズムとは何か。ジャーナリズムの「ジャーナル」とは、日記とか航海日誌とか商人の当座帳とか、毎日起こることを書くことです。それをずっと続けていくのが新聞。それは何のためかというと、理由は簡単で、いいことは増やす、悪いことは二度と起…