2109 何を語る戦争の絵 ロシアのウクライナ侵攻
「私は一人なの。どうしたらいいの!」。ロシア軍がウクライナに軍事侵攻したニュース映像で、こう叫びながら避難する女性の姿を見ました。侵攻を命令したプーチン大統領は、こうした市民のことは虫けら同様に思っているのかもしれません。国際社会を揺るがすニュースを見ながら、これまで見てきた5人の画家による戦争にまつわる絵のことが頭に浮かんできました。このうちの1枚は、ロシア生まれで西側で活動したシャガールの作品です。
戦争をテーマにした絵は数多く描かれています。その中で私が実際に目にした著名画家の作品は、5人の作品です。
▼ゴヤ『1808年5月3日』(あるいは『1808年5月3日の銃殺』、スペイン・マドリードのプラド美術館に展示。独立戦争当時のフランス軍による惨劇がテーマ)
▼ピカソ『ゲルニカ』(マドリードのソフィア王妃芸術センターに展示。スペイン内戦の際にフランコ将軍側を支援したナチス・ドイツが無差別に空爆した小都市ゲルニカの惨劇がテーマ)
▼シャガール『戦争』(後述)
▼丸木位里・丸木俊『原爆の図』(埼玉県東松山市の原爆の図丸木美術館。広島出身の夫妻による原爆投下後の惨状を描いた15点)
▼藤田嗣治『アッツ島玉砕』(1943年作)と『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年作)
藤田の作品以外は、戦争の悲惨さをテーマにしたものといえます。藤田の絵は反戦画とも見ることができますが、実際には一億総玉砕という軍部の意図によって描かれた「玉砕を美化することがテーマ」といわれ、戦後、藤田は戦争に協力した画家というレッテルを張られ、日本を去ってフランスに移り住んだことはよく知られています。
では、シャガールの『戦争』はどうなのでしょうか。シャガールは帝政ロシア領のヴィテブスク(現在のベラルーシ・ヴィーツェプスク)で生まれたユダヤ系ロシア人です。ベラルーシは、今回ロシアが侵攻したウクライナの北隣にあります。1887年に生まれたシャガールは1985年に97歳で亡くなるまで多くをフランスで過ごし天寿を全うしましたが、その間、ロシア革命、2度にわたる世界大戦を経験し「戦争と平和」が生涯をかけたテーマといわれ、その中の1枚が1964~66年作の『戦争』です。
この絵には軍隊や兵器は登場せず、軍隊よって攻撃された後の悲惨な光景が描き出されています(作品の詳細はこのブログを参照→1311 「戦争」を憎むシャガールの絵 チューリヒ美術館展をのぞく)。それは、テレビで見た女性の姿やこれからウクライナ国内で起きるかもしれない悲劇と二重写しになるのです。この絵は、スイスのチューリヒ美術館に収蔵されていますが、私は2014年に国立新美術館で開催された「チューリヒ美術館展」で展示された際に初めて見て、強烈な印象を受けたことを覚えています。「怖い絵」の一枚といえるでしょう。
ウクライナの今後はどう展開するのか、専門家と称する人たちがいろいろ推論を述べていますが、見通しはよく分からないというのが実情のようです。国際社会を敵にして、「強いロシア」を目指すといわれるプーチン氏の頭の中はどうなっているのでしょうか。しかし、この独裁者の未来は明るくない、必ずこの報いが来ると私は思うのです。ロシア国内でもプーチンのこの蛮行に批判が強まっているようです。平昌五輪フィギュアスケート女子の銀メダリスト、メドべージェワはインスタグラムに黒い画像とともに「悪い夢のように、一刻も早く全てが終わることを願っています」と投稿したということです。これが正常な感覚ではないでしょうか。