小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から

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 まことに、木々の葉の世のさまこそ、人間の世の姿とかわらぬ、  木の葉を時に、風が来って地に散り敷くが、他方ではまた  森の木々は繁り栄えて葉を生じ、春の季節が循(めぐ)って来る。  それと同じく人の世系(よすじ)も、かつは生い出て、かつまた滅んでゆくもの。 (岩波文庫ホメーロスイーリアス』より)

イーリアス』はギリシャ神話を主題にトロイア(トロイ)戦争の最末期の姿を描いた長編叙事詩である。ホメーロスは、木々の葉にたとえて人の世をうたったが、昨今の内外の動きを見ていると、つくづく人の世ははかないと感じる。  

 トロイア(トロイ)は、現在のトルコの西端にある城砦都市で、紀元前13世紀ころ、ギリシャ(ミュケーナイ)の大軍がトロイアを10年にわたって攻めたのがトロイア戦争である。ギリシャの神々はそれぞれに分かれて戦争に肩入れした。木馬の中にギリシャの兵士が隠れ、油断したトロイアを陥落させたのがオデュッセウスによるトロイの木馬作戦だった。  

 詩人でコラムニストの高橋郁男さんは、『詩のオデュッセイア』という本の中で「以前その丘(ドイツのシュリーマンが19世紀にトロイ遺跡を発見したトルコのヒッサリクの丘)を訪れ、(中略)この人類最古の文学の一つの主題が他ならぬ『戦争』であったことに、人の世と戦との因縁の深さを改めて思い知らされた」と書いている。たしかに人類の歴史は戦とともにあり、戦の根絶は人類にとって永遠の悲願といっていい。  

 ヒッサリクの丘には観光用に巨大な木馬が置かれている。トロイの木馬は、現在「陥穽」や「罠」、「欺瞞作戦」を象徴するものといわれ、コンピュータウイルスとしてもよく知られている。現代悪に対し、だれがギリシャ神話から考えついたか分からないが、オデュッセウスにとっては迷惑な命名に違いない。  

 シュリーマン(1822~1890)は8歳の時トロイア戦争の絵本(ゲオルク・ルドヴィヒ・イェッツラー著『子供のための世界歴史』)を見て古都の存在を信じ、父親にトロイアの発掘を誓った。その後、独学で考古学を学び、商人として苦闘しながら自費でトロイア遺跡を発見する。

 この経緯はシュリーマン自伝『古代への情熱』(岩波文庫)に詳しく書かれている。幼いころの夢を実現させ、古代都市の存在を明らかにしたシュリーマンは、「くわとすきによってホメーロスの歌の舞台をあらわすことが、シュリーマンの一生涯の目的であった」と述べている。それが実現できたのだから、悔いのない人生だったといえる。

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