小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2057 白鵬引退・一時代の終焉 「負けずに老いる角力かな」

 

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 大相撲の横綱白鵬が引退することになった。横綱在位14年84場所、優勝回数45回という大記録を破る力士が今後出てくるとは思えないから、白鵬は歴史に残る大横綱であることは言うまでもない。一方で、晩年の激しい取り口や休場の多さ、その言動に批判が集中したこともあり、角界に寄与した功績が大きいにもかかわらず、引退を惜しむ声は少数派のようだ。私はこのブログで大相撲のことを何度か取り上げ、白鵬に絞って書いたこともある。それらを読み返しながら、一つの時代が終わったという印象を抱いた。

 初めてこのブログで白鵬のことを取り上げたのは、706回目(2010年9月18日)だった。「目立たなかった白鵬 25歳にしてこの風格」というタイトルだ。このブログでは、私が両国の国技館で相撲観戦した際、印象に残った力士として「千代の富士貴ノ花朝青龍」の3人を挙げ、連勝記録を続けている白鵬について「見ていることは見ているが、ほとんど記憶にない。私が観戦した当時(幕内から関脇時代か)は目立った存在ではなかったのかもしれない、と書いた。後段で連勝(結果的に双葉山の69連勝に次ぐ63連勝)を続ける白鵬に関し以下のように続けている。

白鵬の記録は偉大だ。ただ朝青龍が引退したあと、ライバル的存在の強い力士がいないという背景があり、群雄割拠的に強い力士がいた千代の富士時代とはやや異なる。そんなことをアナウンサーが聞くと、(NHKテレビで)千代の富士は「いや周囲うんぬんより白鵬が群を抜いて強くなっているんですよ」と、後輩が日々強くなっていると解説していた。 

 モンゴル出身の白鵬は、朝青龍とは激しい相撲を取った。対戦成績は白鵬の13勝12敗であり、ほぼ互角の戦いを続けた。連勝記録は、ことしの初場所千秋楽で優勝した朝青龍に土をつけて以来始まった。朝青龍初場所で優勝しながらこの直後に不祥事の責任を取る形で引退した。

 こんなことを書くと、白鵬ファンには文句を言われそうだが、もし朝青龍が現役を続けていれば、白鵬のこの記録はなかったかもしれないのだ。 それにしても、白鵬という力士は風格がある。まだ25歳だというのだから驚く。「地位が人をつくる」という。まさに白鵬はそれに当たる。横綱まで昇進しながら、そうした風格を身につけることなく引退していった先輩は少なくない。その意味でも、白鵬は傑出した存在なのだ》

 白鵬はモンゴル出身の外国人力士(現在は日本国籍)として角界に入り、力をつけ大横綱の道を歩んだ。しかし、次第に伝統文化という名の角界のしきたりに合わない取り口や言動をするようになった。その結果、さまざまな批判、雑音が人生経験の浅い外国人力士に集中した。2013年の九州場所では、14日目に大関稀勢の里が全勝の白鵬に勝つと、福岡国際センターの観衆から「バンザイ」の声が上がり、2016年3月の春場所千秋楽の優勝を決める日馬富士戦では、立ち会いに左に変わりあっさりと勝ったが、大阪府立体育館の観衆から大きなブーイングが浴びせられた。

 最後の土俵となった名古屋場所千秋楽の、大関(場所後横綱に昇進)照ノ富士との14戦全勝同士の相撲はプロレスを見ているような、後味の悪い取り組みだった(2031「幻滅の大相撲 品性なき横綱とふがいない力士たち」参照)。とはいえ、力士としての最後の場所で全勝優勝をしたのだから、「不世出」という言葉を使ってもおかしくない、大力士だったといえよう。

 2000年代以降、大相撲は白鵬を筆頭にしたモンゴル出身の力士たちが土俵に君臨しているといっていい。横綱を見てみると68代の朝青龍、69代白鵬、70代日馬富士、71代鶴竜、72代稀勢の里、73代照ノ富士である。稀勢の里を除くこれらのモンゴル出身力士たちがいなければ、いわゆる伝統スポーツは寂しいものになっていたに違いない。中でも白鵬は、群を抜いていた。アイデンティティ(共同体への帰属意識)という壁の中で、戦い抜いた力士人生だったように思えてならない。白鵬なき大相撲は興隆を続けることができるのだろうか。私は赤信号ではないかと思うのだが……。

「相撲」は、俳句では秋の季語だ。旧暦7月に宮中で相撲節(すまいのせち)が行われ、叡覧(天皇が相撲を見ること)があったため、秋の季語になったのだそうだ。秋場所は休場したものの、その後に引退することを決めた白鵬。子規は「幾秋ヲ負ケテ老イヌル角力カナ」という句を残しているが、 白鵬の場合は負けずにやめる稀な力士になる。