小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2012 どこを向く新聞社 孤軍奮闘・信濃毎日の社説

 

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 新聞各社は東京五輪パラリンピックについて世論調査を実施し、開催中止や再延期の声が強いことを伝えている。しかし、新聞社自体がコロナ禍での開催についてどのような姿勢なのか、よく分からない。そんな中で長野県の地方紙、信濃毎日新聞(信毎)が「政府は中止を決断せよ」という注目すべき社説を掲げた。孤軍奮闘の「勇気ある姿勢」といっていい。

 信毎の社説は「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」と題し、23日付朝刊に載った。「不安と緊張が覆う祭典を、ことほぐ気にはなれない」という書き出しだ。その内容は①新型コロナウイルスの変異株が広がる中で、医療体制が危機に陥っている②海外からの観客の受け入れ断念や多くの自治体が選手との交流事業や事前合宿を諦めたことで、開く意義はしぼみつつある③コンパクト五輪、復興五輪、完全な形での開催、人類が新型コロナに打ち勝った証し、などと安倍晋三前首相と菅義偉首相らが強調してきたフレーズは、いずれもかけ声倒れで、何のための誰のための大会かが見えない。反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。開催に踏み切れば、分断を招きかねない――が柱で、結論として大会の中止を迫っている。

 この社説について「勇気ある姿勢」と書いたのは、他の全国紙などが立場を鮮明にしていない中で中止論を張ったからだ。その背景は全国紙とブロック紙の計6社が東京五輪パラリンピックのスポンサーとして名を連ねているからと見られている。この大会では企業71社がスポンサーとなり、3720億円の協賛金を出している。日本オリンピック委員会(JOC)のホームページによると、五輪のスポンサー契約は4種類あり、1番目はワールドワイドオリンピックパートナー、2番目がゴールドパートナー、3番目がオフィシャルパートナー、4番目がオフィシャルサポーターとなっており、協賛金はランクが上の方が多くなっている。

 スポンサーの1番目はトヨタパナソニックという著名企業の名があり、3番目に読売新聞社朝日新聞社毎日新聞社日本経済新聞社(日経)の4新聞社が、4番目に産業経済新聞社(産経)と北海道新聞社(道新)の名前がある。こられ6社のスポンサー契約には電通が仲立ちしていると見られ、協賛金を出す代わりに各社は関連の広告や事業で利益を確保する狙いがあるのだろう。

 本来、新聞社は多額の税金が投入される大会について監視役としての役割があり、スポンサーになること自体、あり得ない話だ。こうした背景もあって、開会2カ月を切った段階で世論とかけ離れた政府や国際オリンピック委員会(IOC)、東京大会組織委員会の動きに対し、信毎のような姿勢を明確にした報道ができないのだろう。

 この中で道新は信毎の社説と同じ23日の朝刊に「五輪開催の可否 冷静な判断を」という社説を載せた。要約すれば「政府、東京都、大会組織委員会、IOCはオープンな場で率直に話し合ってリスクを分析し、根拠に基づき開催可否を判断するという、冷静で合理的な取り組みが求められている。世界の人々が集い、親睦を深める平和の祭典としての意義を失ってもなお開催する理由は何なのか。IOCは説明し実情を踏まえた可否の判断に臨むべき。このまま開催に突き進み、感染拡大を招くことは許されまい」という内容で、信毎社説に比べる歯切れが悪い。新聞社が大会スポンサー契約を結んでいるから、論説委員もこのように苦しい表現をせざるを得なかったのかもしれない。

 インドのPTI通信によると、IOCのバッハ会長は22日に開かれた国際ホッケー連盟のオンライン総会であいさつし、五輪開催を実現するために「われわれは犠牲を払わなければならない」と述べたという。誰がどんな犠牲を払うのか、なぜこのような発言をしたのかは不明だが、何が何でも五輪を開催するというIOCの姿勢を体現したものといえる。さて、どうする新聞社さん……。

  追記 九州のブロック紙西日本新聞は25日付朝刊で「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」という社説を掲載した。社説は「政府は『安心安全』に五輪を実施するというが、菅義偉首相をはじめとする政府の言葉はあまりに乏しく、実際はワクチン頼みで、国民を納得させる手だてなどない。大会の開催に国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべきである」と主張。結びで「国民に重い犠牲を強いてまで五輪は開催しなければならないのか、と私たちは問いたい」と政府とIOCの姿勢に疑問を投げかけている。信毎、西日本新聞は五輪の大会スポンサーではない。(25日)

 朝日新聞は26日付朝刊で「夏の東京五輪 中止の決断首相に求める」という菅首相に開催中止を迫る社説を掲載した。前日には米国が新型コロナウイルスの感染拡大を理由に「日本への渡航中止を勧告」という発表をしており、国際的にも五輪中止を求める動きが高まっている。社説はリード部分で「新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、東京都などに出されている緊急事態宣言の再延長は避けられない情勢だ。この夏にその東京で五輪・パラリンピックを開くことが理にかなうとはとても思えない。人々の当然の疑問や懸念に向き合おうとせず、突き進む政府、都、五輪関係者らに対する不信と反発は広がるばかりだ。冷静に、客観的に周囲の状況を見極め、今夏の開催の中止を決断するよう菅首相に求める」と、訴えている。

 朝日新聞は前述の通り、東京大会のオフィシャルパートナーになっているだけに、この社説が波紋を広げることは間違いない。

 ただ同じ朝刊のスポーツ面には1頁を使って「ジェンダー平等を五輪レガシーに」と題し、橋本聖子大会組織委会長らの発言を紹介したオンラインフォーラムの記事が載っており、社説とは違和感がある。(26日)

  写真 久しぶりにのぞいた青空にカメラを向けました。

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