小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2013 地球の気候変動への処方箋? 斎藤幸平著『人新世の「資本論」』

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「人新世」(じんしんせい、ひとしんせい=アントロポセン)は、地球の時代を表す名前の一つで、環境破壊などによる危機的な状況を表す言葉として使われる。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したオランダ人化学者、パウル・クルッツェン(1933~2021)によって考案された「人類の時代」という意味の新しい時代区分だという。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった現代が、まさにこの言葉の時代なのだ。この本は、思想家で経済学者カール・マルクス(1818~83)の『資本論』を参照しながら資本主義社会と温暖化が進行中の自然の実態を分析し、これからの人類の生き方を探ったものだ。

 斎藤は冒頭から国連が主導し日本政府を含む各国、さらに大企業が推進する「SDGs」(持続可能な開発目標)は(気候変動を止める行動をやっているという)「アリバイ作り」、(資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげるための)「大衆のアヘン」と断じ、論を進める。この本を推薦してくれた知人は、「仰天の中味だった。衝撃を受ける本というものには数年に一度くらいしか遭遇しないのだが、本書はまさにそれであった」と、読書ノートに書いている。

 私たちの地球は、年々自然環境の荒々しさが増している。私は以前のブログ(1812回、2019年9月10日)で「21世紀になって、この地球を取り巻いている自然環境は残念ながら荒々しいという言葉が当てはまるほど人類の傲慢な姿勢を背景に、世界で猛威を振るっている。一方で、人類は自然の変容に対抗できる手立てを持たないままに自国第一主義の政治家がリーダーとなり、米中に代表されるように、あきれるばかりの対立を繰り返している。日韓関係もその範疇に入る。21世紀は、後世の人々に何と言われるのだろう」と書いた。この本はそうした荒々しくなっている気候変動について8章に分けて考察し、結論として「経済の脱成長」が地球を救うと、提言している。

 知人が読書ノートに「正直21世紀が20年も過ぎた今にマルクスの名が登場するとは思ってもみなかった」と書いている通り、私も何で今更マルクスなのかと驚いた。時代錯誤の本なのかと思いながら手に取った。だが、内容は現代文明に対する警鐘であり、提言自体も荒唐無稽ではない。斎藤は世界を震撼させているコロナ禍について「人新世の危機の先行事例」と書き、そのうえで「気候変動がもたらす世界規模の被害は、コロナ禍とは比較にならないほど甚大なものになる可能性がある。コロナ禍は一過性で、ささやかなものだったと、気候変動に苦しむ後世の人々は振り返ることになるかもしれない」と予測をしている。

 斎藤のこの論考が外れることを願うのは私だけではないだろう。斎藤は、経済の脱成長を実現するためには資本主義とそれを牛耳る1%の超富裕層に立ち向かう必要があるが、3・5%の人々が非暴力的方法で立ち上がれば社会は大きく変わると、訴える。だが、どうだろうか。わが日本ではこの数字に対し知人の疑問に同意せざるを得ない。「昔は政治に反発する若者がいて学生がいた。ゲバ棒学生運動の活動家が使った棒状の武器)を持つ者すらいた。しかし、今の若者は保守政権へ岩盤支持者になってしまっている」。私には、知人の嘆きに反論するだけの材料はない。だから、現代の若者よ、こうした人生の先輩の嘆きに反発せよと、私は願うのだ。

(斎藤は1987年生まれの34歳。大阪市立大准教授で経済思想家。2017年に優れたマルクス研究を対象にしたドイッチャー記念賞を受賞したマルクス研究者)

 

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  写真 皆既月食の風景。山形の知人、板垣光昭さん撮影。

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