小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1414 一番大切なものは希望 『生きて帰ってきた男』『世界の果ての子どもたち』を読む

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「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」 最近読んだ本のうち小熊英二『生きて帰ってきた男 ―ある日本兵の戦争と戦後』(岩波新書)のラストにこんな言葉が出てくる。

 一方、中脇初枝『世界の果ての子どもたち』(講談社)は、3人の少女が分け合って食べた一つのおむすびを通じて、国境を超えた友情の大切さを訴えた物語だ。ノンフィクション、フィクションの違いがあるが、2冊は戦前と戦後という時代を背景に、懸命に生きる人たちを描いた作品だ。

『生きて帰ってきた男』は、シベリアに抑留された体験を持つ父親の賢二氏の生きてきた道を、インタビューを基に構成した作品で、シベリア抑留の体験にとどまらず長い結核療養所での閉ざされた生活を含めた、戦前と帰国後の戦後の生活ぶりを詳しく紹介している。小熊は歴史社会学者であり、父親の生活の歩みとともに同じ時代の社会環境も織り込んでおり、あとがきに書いている通り、「生きた20世紀の歴史」として読むことができる。

 賢二氏について小熊は「淡々とした性格の持ち主」と書き、シベリア抑留や戦後の苦しい生活について冷静に振り返っているのがこの作品の特徴といえる。そんな賢二氏が、人生の苦しい局面でもっとも大事なことは何だったかという最後の質問に答えたのが冒頭の言葉だった。それは読む者の心に響くものだ。

『世界の果ての子どもたち』は、旧満州で出会った3人の少女(高知県から親とともに満州に渡った珠子、朝鮮人の美子(ミジャ)、横浜の裕福な家庭に育った茉莉)が戦前、戦後どのように生きたかを描いている。珠子は中国残留孤児となり、美子は日本で差別を受けながら自立し、茉莉は空襲で家族を失い苦難の道を歩む。その3人がやがて再会する日が来る。3人とも生きる希望を失わなかったから、再会することができたのだが、三人三様に平坦な生き方ではない。

 1980年代から中国残留孤児問題が大きく報道されるようになった。山崎豊子大地の子』や城戸久枝『あの戦争から遠く離れて』といった作品でも、この問題がテーマになった。中脇の作品は中国残留孤児問題も交えながら、3人の女性の戦前、戦後の生き方を記し、現代社会では忘れられがちな「友情とは何か」について問いかけているといえる。

 20世紀は戦争の世紀だった。だから21世紀は平和な世紀にしたいと多くの人たちが思っているはずだ。だが、世界は平和とは程遠いのが現実だ。さまざまなエゴがまかり通る時代が続いている。多くの人にこの2冊を読んで20世紀の歴史を考えてほしいと思う。

575 体験者の真実の遺言 少年の過酷な現実を描いた「生獄」

402 語り継ぐべき個人の歴史 城戸久枝「あの戦争から遠く離れて」

310 8月(2) ダモイ(収容所から来た遺書)・3人芝居

290 人間の尊厳を問うシベリア抑留 辺見じゅん「ダモイ遙かに」

49 遅すぎる中国残留孤児支援  国に賠償命令