小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1834 それぞれに思い描く心の風景 シルクロードと月の沙漠

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 歌詞がロマンチックな「月の沙漠」は、昭和、平成を経て令和になった現代まで長く歌い継がれている童謡である。この秋、中国・シルクロードを旅した知人が、月の沙漠を連想する場所に立ち、旅行記の中で書いている。日本には千葉県のリゾート地、御宿町の御宿海岸に「月の沙漠記念館」があるが、この童謡の舞台は人それぞれに思い描くことができるのだろう。

  シルクロードの旅で知人がこの童謡を思い浮かべたのは、莫高窟で知られる敦煌の「鳴沙山」でのことだという。ここは高さ100メートル以上の巨大な砂山で、知人は同行の友人とともに赤いゴム長靴を履いて天辺まで登った。下山すると観光客を乗せた約20頭の駱駝が一列になって山裾を進んで行くのが見えた。陽は陰り始め、黄昏の少し曇った空に三日月が出掛かっている。「この景は童謡『月の沙漠』を思い起こさせる。♪金と銀との鞍置いて、二つ並んで行きました♪――のあれである」と書いた知人は「月あれば“月の沙漠”ぞ鳴沙山」という句をつくった。

  シルクロード=駱駝といえば日本画家、平山郁夫の「パルミラ遺跡を行く」が知られる。ラクダに乗った隊商を描いた「朝」「夜」の絵は、内戦が続きISによって破壊され、世界に衝撃を与えたシリアの世界遺産パルミラ遺跡を描いた。平山の絵はパルミラの遺跡を背景に、隊商がゆっくり進んで行く(「朝」は右から左へ。「夜」は左から右へ向かっている)光景が描かれ、平和だった時代を思い起こさせる。特に月が遺跡の後方に輝く「夜」平山郁夫シルクロード美術館)の絵は、月の沙漠の歌を連想させる。だが、この絵は3世紀後半の悲劇を元にしたものなのだ。

 パルミラローマ帝国支配から独立しようとして、結果的に街全体が押し寄せたローマ軍によって破壊され、ローマ支配にノーを突き付けた女王ゼノビアは鎖につながれローマを引き回された。平山はこの歴史を描き、ゼノビアへの敬意を込めてラクダに乗る人物を、男性は先頭のみとし、それに続く隊商は黒いベールをかぶった女性ばかりにしたのだそうだ。

 

 

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 この童謡を作詞(作曲は佐々木すぐる)したのは、静岡県出身の加藤まさを(1897~1977)である。加藤は青春時代、結核療養のため御宿に滞在したほか、晩年にはこの町に移り住んで生涯を過ごした。「月の沙漠」は、若い時に過ごした御宿の浜辺をモデルにしたなど、諸説がある。加藤とゆかりが深い御宿町は記念館をつくり、海岸には王子とお姫様が乗った2頭の駱駝の記念像もある。

 知人は帰国後、演歌歌手の市川由紀乃のコンサートに行った。市川はこのコンサートで演歌とは別に1曲だけ「月の沙漠」を歌った。シルクロードの旅情の余韻に浸っていた知人にとって、市川の歌は心に響いたに違いない。

  長く歌われ続けている代表的歌を集めた『日本のうた300、やすらぎの世界』(講談社α文庫)にも、この童謡は収録されている。歌手の米良美一の解説がいい。「絵本の一シーンを彷彿とさせる詩は、決して寂しい内容を描いているわけではありません。けれど、曲の寂しさが、ノスタルジーを含んだえも言われぬ悲しみをつくり出しているように思います。非現実的なイメージがわいてくる歌なので、どこの場所を描いた云々といった解説はあまり聞きたくないようにも思えます」

  最初に書いた通り、この童謡の舞台は人それぞれに思い描けばいいということなのだろう。知人にとって、それは鳴沙山なのである。

  童謡の詩は以下の通り。

    1

 月の沙漠を はるばると 

 旅の駱駝がゆきました 

  金と銀との鞍置いて 

 二つならんでゆきました

 

   2

 金の鞍には銀の甕

 銀の鞍には金の甕  

  二つの甕はそれぞれに 

 紐で結んでありました

 

   3

 さきの鞍には王子様 

 あとの鞍にはお姫様 

 乗った二人はおそろいの 

 白い上着を着てました

 

   4

 曠い沙漠をひとすじに 

 二人はどこへゆくのでしょう 

  朧にけぶる月の夜を 

 対の駱駝はとぼとぼと

 沙丘を越えてゆきました 

 黙って 越えてゆきました

 (この詩は、抒情画家でもあった加藤が1923=大正12=児童雑誌「少女倶楽部」で発表。歌は1927=昭和2=に安西愛子が歌いJOAK(現在のNHK)のラジオ番組で放送されたという。「日本のうた300」より)

 

 写真=御宿海岸の記念像

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