小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1486 詩から想像する太古の歴史 最後のネアンデルタール人の哀愁

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 埼玉県在住の9人の詩人による『薇』という詩誌14号に「最後の一族」という秋山公哉さんの詩が載っている。ヒト属の一種といわれるネアンデルタール人のことを描いた詩である。偶然だが、イギリスの人類学者アリス・ロバーツの『人類20万年 遥かな旅路』(野中香方子訳、文春文庫)を読んでいる。現在進行形なのはこの本が分厚く、内容が濃いためだ。この本にもネアンデルタール人が絶滅したといわれるジブラルタルの旅が記されている。秋山さんの詩を読み、ロバーツの本の頁をめくり太古の歴史を考えた。

  秋山さんの詩 「最後の一族」

  スペインのジブラルタル半島で2万8千年前の

 一族の生きた最後の痕跡が見つかった

  満月であった

 子が生まれた

 名前というものはない

 身体の下の方 小さな突起は判った

 外は雪明り

 母子の側で太い木が燃えていた

 洞の中にかすかな気流が生まれる

 

 月が満ちると生命が生まれ

 風が動くと物語が始まる

 

 一族は言葉を持たない

 小さな風に声を乗せ

 風の中に行く先を聞く

 

 一族の長である父は死に

 一族は旅に出た

 母も死に

 子は青年になった

 

 いつか

 風の音が変った

 

 満月であったが

 子は生まれない

 火は消え

 風は何も語ってはくれない

 大陸の突端で

 青年の率いる一族が

 小さな風を起こそうとしたが

 世界は何も気付かなかった

 

 可哀そうな

 ネアンデルタール人

  ジブラルタルはスペインのイベリア半島南東端にあり、イギリスの海外領土だ。スペインとの間で領有権をめぐって対立している地域で、ネアンデルタール人の遺跡が発見されたことでも知られる。

 アリス・ロバーツは、BBC(英国放送協会)の依頼でアフリカを起点に「太古の人類の足跡をたどる旅」を行い、この本をまとめた。「最後のネアンデルタール人」を求めてジブラルタルにも行き、ネアンデルタール人研究を続けているフィンレイソン夫妻の案内で「最後の住居」であるゴーラムという洞窟を見る。

  洞窟は夫妻が発掘したもので、中からネアンデルタール人の骨が見つかった。洞窟から採取した炭の放射性炭素年代測定の結果、少なくとも2万8000年前まで、ことによると2万4000年前までこの洞窟でネアンデルタール人が暮らしていたことが分かったのだそうだ。その後、ネアンデルタール人は何かの理由で絶滅し、洞窟は5000年放置されたあと、1万9000年前に後期旧石器時代末期の道具を持つ現生人類がここに住んだ。

  ネアンデルタール人が絶滅した理由として夫妻は、人口が極めて少なかったことと急速な気候変動(温暖な気候から急激な寒さと乾燥への移行)を挙げ、ネアンデルタール人の絶滅と現生人類の拡大は別々の出来事―という見方をしている。

  アリス・ロバーツは、この本の中で米国の古生物学者、スティーヴン・ジェイ・グールドの「生命とは、おびただしく枝別れした樹木で、種の絶滅という死神によって絶え間なく剪定されてきた」という言葉を紹介したうえで、「わたしは、人類の系統はまだ当分、剪定されないだろうと思っている」と述べている。だが、油断をしていると、人類も剪定の危機へと追いやられる可能性があるだろう。温暖化はその危険信号かもしれないし、核兵器は人類の生存を脅かす危うい兵器である。楽観は禁物と思う。

  秋山さんは、太古にジブラルタルであったネアンデルタール人の絶滅の歴史を、詩人らしい想像力を駆使して描写した。その詩からは、この世から消えて行った生命体の哀愁が伝わってくる。

  写真は、スペイン・ミハスの町並み。遠くに地中海が見える

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