小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1472 奇想の画家の系譜 伊藤若冲から村上隆へ

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 伊藤若沖(1716~1800)は江戸時代の絵師で高い写実性に加え、想像力を働かせた作品が特徴であることから、「奇想の画家」と呼ばれている。東京都美術館で22日から始まった生誕300年記念の「伊藤若冲展」はまさかと思えるほどの人が詰めかけ、ゆっくり絵を鑑賞する余裕がないほどのにぎわいだった。

 若冲は最近注目の画家だというが、それにしてもどうしてこんなに人気があるのだろう。 なかなか列が進まなかったのが、米国の収集家ジョー・プライスが集めた「鳥獣花木図屏風」である。ようやくこの絵の前にたどり着き、眺めていたら最近まで六本木の森美術館で展示されていた村上隆の「五百羅漢図」のことが頭に浮かんだ。

 水木しげるの漫画に登場するようなユーモラスな顔をした羅漢たちが描かれた大作だが、想像力を働かせた作品であり、村上も「奇想の現代画家」といってもおかしくはない。そうか、奇想の画家の系譜は300年の時を経て、受け継がれていたのだと思う。

 85歳で亡くなった若冲は、京都・伏見の石峰寺に墓がある。この寺には若冲が下絵を描き、石工に彫らせた五百羅漢像がある。それぞれが個性的な表情を持っていて、村上隆の作品と共通性があると私は感じる。

「鳥獣花木図屏風」は升目描き(約1センチ間隔で引かれた細い線でつくられる升目に地色を塗って方眼の升目を埋めていき、同系色の濃さの違う絵具で色調を変えて立体感をつくり出す技法)といわれる作品で、8万6千個の升目を埋めたもので原色をふんだんに使い、さまざまな動物と花が描かれ、中央に正面を向いた白い像がいる。

 それにしても見る者に大きなインパクトを与える絵である。プライス夫人のエツコさんは鳥取出身の日本人だ。プライスコレクションのうちこの作品を含め約100点が東日本大震災の大きな被災地である宮城、岩手、福島3県の美術館・博物館で開催された特別展で展示された。被災地から再びこの作品を見るために上野に足を運んだ人がいるかもしれない。

 今回は目玉ともいえる「釈迦三尊像」(京都・相国寺)3幅と「動植綵絵」30幅(宮内庁三の丸尚蔵館)を含め、全部で89点が展示され、それらの作品は一点一点が「奇想の画家」といわれる若冲の想像力が躍動しているように見えた。そして花木、動物画からは命の輝きが伝わるのだ。

 若冲は京都の青物問屋の長男に生まれた。商売よりも絵に興味を持ち続け、絵師として名を残した人だ。生涯独身、酒も飲まず、絵を描くことだけが楽しみだったといい、そんな若冲を禅寺である相国寺の高僧、大典顕常と煎茶の中興の祖といわれる売茶翁が支援し続けた。

 相国寺は江戸時代、朝鮮外交に関与したため多くの朝鮮の文物が残っており、若冲も大典を通じて朝鮮から伝わった絵画を閲覧、その影響を受けたといわれる。若冲は40歳で隠居し、絵を描くことに専念するのだが、商人として家業を立て直し49歳で隠居、それから天文学と測量学を学んで55歳から17年をかけて約3万9000歩を踏破して「大日本沿海輿地全図」を完成させた伊能忠敬と共通する生き方のように思える。

 若冲から相国寺に寄進された「釈迦三尊像」は、元あるいは高麗時代に制作された「釈迦三尊像」(釈迦:クリーブランド美術館/文殊・普賢:静嘉堂文庫美術館)を模写したといわれる。ちなみに静嘉堂文庫美術館文殊・普賢像の絵には、伝・張思恭(14世紀)という説明がある。 また「百犬図」(個人蔵・縦長の作品で、百犬ではなく59頭の仔犬が様々な姿、表情で描かれている)は、「完山静仲」という名前で知られ「花下子狗図」など狗子(犬の子ども)や架鷹図など個性的な絵を残している朝鮮王朝(李氏)宗室出身の画家、李巖(1499~1546以降)の影響を受けた「たらし込み」(自然なにじみやぼかし効果を表現する)という技法を使った作品だ。

 犬たちは李巖作が愛らしい表情なのに対し、百犬図の犬は子犬とはいえふてぶてしい印象があり、若冲の想像力のたくましさを感じ取る。かわいくない子犬がいてもいいではないか、と若冲は思ったのかもしれない。

 会場で偶然に出会った友人は「西洋美術館のカラヴァッジョ展は宗教画が多く、分かりにくい。それに比べると若冲作品はストレートに伝わる。だから、こんなに多くの人が足を運んでいるのだと思う」と話していた。そう、若冲の絵はたしかに想像力を駆使し見る者を明るい気分にさせる。その精神を村上は受け継いでいる。

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