小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1471 新緑の季節なのに…… 4月の読書から

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 熊本、大分で大きな地震が続いている。新緑の季節。地震がなければこの地域の人々も木々の緑に心を癒されていたはずである。だが、いまは揺れにおびえながら地震が早く収まることを念じる日々だろう。そんな昨今、私が読んだ中に2冊の震災関連本がある。

 以下は辞書、地図も含めて4月になって読んだ(見た)本の寸評。

 柳田邦男『終わらない原発事故「日本病」』(新潮文庫

 著者は災害や事故、命の問題を書き続けるノンフィクション作家である。2000年代に入ってからの災害・事故をめぐる評論とエッセイをまとめた本で、著者は社会システムが病む「日本病」が蔓延していることを警告している。その典型が東京電力福島原発事故だった。著者は「災害・事故の分析作業では被害者の視点からの欠陥分析が重要」と指摘する。まさにその通りなのだが、そうした視点は行政、企業には欠けている。明らかになった三菱自動車による燃費偽装も、日本病の範疇に入る。

 天童荒太『ムーンナイト・ダイバー』(文藝春秋

 海に潜り、津波で流された品々を引き揚げるダイバーとそれを求める人々。放射能に汚染された福島の海の底には何があるのか。不慮の死に遭遇した人々を悼む目的で全国を放浪する青年を描いた『悼む人』の著者が、東日本大震災をテーマに書いたフィクション。被災地ではこうした話が、少なくないのかもしれない。

 桐野夏生『水の眠り灰の夢』(文春文庫)

 1964年の東京五輪の前に起きた草加次郎を名乗る犯人による爆破や脅迫、狙撃事件(いずれも未解決で時効成立)がテーマ。地下鉄爆破事件に遭遇した週刊誌記者(当時はトップ屋と呼ばれた)が女子高生殺しに巻き込まれながら、草加次郎事件や殺人事件の真相を追う小説だ。奥田英朗の『オリンピックの身代金』(フィクション)、本田靖春『誘拐』(ノンフィクション)を併せて読めば、高度成長期の日本の暗部が浮かび上る。

 沢木耕太郎『キャパの十字架』(文春文庫)

 戦場写真家として知られるハンガリー出身のロバート・キャパ(本名、エンドレ・フリードマン)。その名前が世に知られたのは、スペイン戦争(スペイン内戦、1936年7月―1939年3月)で撮影した「崩れ落ちる兵士」という一枚の写真である。アメリカの写真週刊誌〈ライフ〉に掲載され、一躍有名になった。だが、この写真にはいくつもの謎がある。撮影の日時、場所、被写体の兵士はだれなのか、どのような状況でどのようにして撮影したのか―などである。キャパはこの写真に関して何も言及していないという。以前、リチャード・ウィーランの2冊のキャパの伝記(『その青春』と『その死』)を翻訳した沢木がスペインの現地に足を運び、その真相の解明に挑んだノンフィクションが本書である。執拗ともいえる取材に基づく沢木の説は、推論とはいえ説得力がある。

 中野京子『名画の謎』旧約・新約聖書編(文春文庫)

 旧約・新約聖書に出てくる話を基に描いた絵画は宗教画といわれる。ヨーロッパの美術館にはそうした宗教画の名画が数多く展示されている。あまりにも有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》など、いくつかの例外があるが、聖書の知識がないとそうした名画を見てもあまり感動しないだろう。本書を読む(あるいは絵を見る)と、それら宗教画を描いた画家の思惑や背景を知り、絵を見る楽しみが増えてくる。中野による聖書の解説が秀逸で面白い。

 木村泰司『名画は嘘をつく』(ビジュアルだいわ文庫)

 続編の『2』と合わせて、226点の西洋美術の名画を取り上げてさまざまな嘘について考察、作品の本質について解説している。例えばレンブラントの代表作《夜警》というタイトルは通称であり、描いてから時間の経過とともに表面のニスが褐色化して黒くなったため夜の場面を描いたようになってしまい、のちに夜警と名付けられた。この絵は自警団の集団肖像画として注文を受けたもので、当時タイトルはなかった。これは美術史的にはよく知られた話である。本書にはこのように多くの名画に絡むエピソードが描かれていて、西洋美術への親しみを持たせてくれる。

『記者ハンドブック第13版』(共同通信社

 記者たちが書く記事には「分かりやすくやさしい文章、言葉で書く、できるだけ統一した基準を守る」という原則があるという。そのバイブルともいえるのが1956年に初版が発行され、今回で13版になった本書である。メーンの用字用語集のほか誤りやすい語句、差別語、不快語の解説は文章を書く際の手引きとして利用価値が高い。資料編も豊富である。パソコンで文章を書く人が圧倒的に多くなっている時代、本書をキーボードの横に常備しておきたい。発行以来改定が13回ということは、4年半に1回の割合で改定していることになる。一般の辞書に比べ改定の頻度が高いのは、報道機関が言葉の使い方について試行錯誤を続けていることを示している。それは日本語が時代とともに変化を遂げている証しでもある。

 日本地図①『新版プレミアムアトラス日本地図帳』(平凡社)、②『読んで見て楽しむ日本地図帳』(学研プラス

 熊本の地震に際し、地図を見ることが多い。①は細かい地名が記され、②には市町村名までは記されているが、それ以下の地名はない。2つの地図を見比べながら被災地のことを想像している。①のデータ編のうち「地震と火山の国」という2ページは、特に注意して見た。②には都道府県ごとのデータや特色、主 な観光地(世界遺産)などが紹介されている。

 熊本県の地図には阿蘇山、熊本城、通潤橋の3つが写真付きで出ており、県の特色として「九州一の農業県で、平 野部で米づくり、ハウス栽培によるトマト、メロン、いちごなどの生産がさかん。また、工業ではIC(集積回路)工場が多く、九州のシリコンアイランドの中 心といわれた。大きなカルデラのある阿蘇山のすそ野では、牧畜が盛んだ」と記されている。

 双方を見比べながら私が行った町を思い出し、未知の町の姿を想像している。 熊本地震の本震(16日)について気象庁があらためて現地調査の結果、震度7だったと発表した益城町西原村を見る。その中間に、被災しながらも飛 行機の発着がきょう20日から始まった熊本空港がある。しかし、避難した人たちが普通の日常に戻る日はまだ分からないのが現実だ。それが悔しい。

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