小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

916 故郷を思う天才ランナーの言葉 激走のあとの柏原選手

画像

「僕が苦しいのは1時間ちょっとです。福島の人たちに比べたらきつくないです」。東京箱根往復駅伝、往路5区(23・4キロ)をトップで走り切った東洋大学の山登りの天才・柏原竜二は、走り終えた後、インタビューでこう答えた。

 東日本大震災原発事故に苦しむ福島県出身の選手らしい故郷を思う言葉だと思う。 柏原は原発から43キロの距離にあるいわき市の出身だ。走り終えた後、災害に襲われ荒涼たる光景が広がる故郷・福島を思い出したのかもしれない。

 2009年1月、彼は彗星のようにこの駅伝に登場し、驚異的な走りを見せた。その時の様子をこのブログでも書いている。「テレビはゴールを目指しひた走る柏原の背景に芦ノ湖と富士山を映し出した。新年に出現した陸上界の天才は、その景色の中で輝いていた。豊かな将来性を予感させる走りだと感じた」。

 あれから3年が過ぎた。その後の2年間も柏原は箱根の5区を走り、いずれも区間トップを守った。2年生の時は1時間17分06秒という区間新記録を達成した。ことしはこれを破り、1時間16分39秒という大変な記録をつくった。たぶん、この記録は当分の間、破られることはないだろう。

 太宰治の「走れメロス」の中に、走り続けたメロスが疲れ果て倒れた後、立ち直るシーンがある。柏原の走りをテレビで見ながら、この一節を思い起こした。この文章を、苦難の季節を過ごしている福島の人たちに贈りたい。

「ふと耳に、潺々(せんせん)水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々(こんこん)と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。

 水を両手で掬って一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。

 日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス」

画像 写真1、調整池から見た夕日 2、柏原選手(共同)