小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1590 難を乗り切れ スポーツ選手とけがの闘い

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 前回のブログで紹介した陸上競技の桐生は、大記録を達成した後「肉離れしたらしゃあないと思ってスタートしたら、思い切り出られた。けがなく終わってよかった」と、述懐している。この言葉から、スポーツ選手にとって、試合に出ることはけがとの闘いであることがよく分かる。大相撲の秋場所で、横綱3人だけでなく、人気力士の大関高安と幕内宇良が休場した。あまりにもけがが多いのはどうしたわけだろう。  

 大リーグで大記録を続けるイチローは、外野守備の間に体を動かし、43歳とは思えない柔軟な体を維持している。イチローがけがをしたとは聞いたことがない。大選手はけがをしないことで、長い間現役でプレーする。その結果、偉大な記録をつくることができるのだ。その典型がイチローであり、王だった。    

 最近でこそ休場が目立つようになった相撲の白鵬も、少し前まではけがが少なく、39回優勝という大記録を達成した。そんな白鵬も加齢とともにけがの回復が遅れ、今場所も休場している。新聞によると、力士のけがが多くなったのは準備運動であるしこを踏まなくなったことや、本場所の間の地方巡業が増えて力士たちが疲れていることなどが背景にあるという。力士たちの体重増という大型化によって、大きな体を支える足を必然的に痛める結果になっているのかもしれない。  

 伝統の大学箱根駅伝の山登りで、東洋大学当時、3度区間記録を更新し「山の神」と言われた柏原竜二富士通)は、アキレス腱の故障がたたって社会人になってからは力を発揮できないまま、ことし3月、現役を引退した。現在は富士通アメリカンフットボール部のマネージャーを務めている。 その姿をテレビで見たが、明るい表情になっていたのが救いだった。

「わたしたちは、いわば、2回この世に生まれる。1回目は存在するために、2回目は生きるために」ルソーの言葉(『エミール』より)である。スポーツ選手としての存在は終わっても、それぞれの人生がある。ルソーの言葉は、そのことを教えてくれる。けがとの闘いを続ける力士たちにも、当てはまる。  

649 相撲のいまと昔 危機の力士たちよ雷電を思え