小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

416 世界頂点の国の崩壊? 本から得る教訓

  奥田英朗が「オリンピックの身代金」で吉川英治文学賞を受賞した。この作品の中には、世界のトップを走っていた米国の経済混迷ぶりを示唆するようなくだりがある。それは豊富な資料を駆使した奥田の作品の奥の深さを示している。この本は、貧しい環境がゆえに戦後日本の経済発展の象徴である東京五輪を妨害するためテロリストになった秋田出身の東大生、島崎国男と島崎を逮捕しようとする警視庁刑事たちの物語だ。

  島崎はゼミの教授にこんな手紙を書いた。

 「日本は敗戦20年を待たずしてここまで復興したのかと、一国民として、人並みの感慨を抱きます。マルクスは世界中を資本主義が行き渡ることを前提として、その頂点にある国が崩壊すると予言したわけですが、その伝で行くならば、日本もその道を順調に歩んでいると言えるのかもしれません」。頂点にある国が崩壊とは、まるで米国の姿そのものではないか。

  いまの米国では、国からの巨額の公的資金を受けながら、幹部社員があきれるほど高額のボーナスを受け取ったAIGの問題が世界をあきれさせている。モラルよりも金銭契約を優先してきた米国型の社会システムが行き詰まっているのだ。

  日本も大きなことを言ってはいられない。バブル崩壊という苦境を経験しながら、ITバブルに酔い、日本社会を拝金思想が覆ったのはつい最近のことではなかったか。「ヒルズ族」という途方もない大金持ちも出現した。しかし、世界同時不況はそうした人たちをも飲み込んだ。現代は慎ましさ、ひたむきさを取り戻す絶好の機会だと思う。

  本を読む楽しみは数多い。教養を高めることはもちろんだが、テレビや映画とは違って頭の中で想像力が働くことが私には一番の楽しみであり、喜びだ。奥田のこの本でその要素を十分に味わった。