小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

377 天才の出現 箱根駅伝で輝いた柏原

  箱根駅伝をテレビで見るのが正月の恒例だ。その箱根に恐るべき新人選手が現れた。東洋大の1年生、柏原竜二選手だ。往路の最終区の5区は箱根の山登りの区間で、一番過酷な区間だ。過去に名ランナーがこの区間に挑んだが、柏原はそうした先輩たちの記録を破って、区間新記録を打ち立てて、東洋大を往路優勝に導いたのだ。

 テレビを見ていた私は、その迫力ある走りに、ただただ感嘆するばかりだった。テレビはゴールを目指しひた走る柏原の背景に芦ノ湖と富士山を映し出した。新年に出現した陸上界の天才は、その景色の中で輝いていた。豊かな将来性を予感させる走りだと感じた。

  柏原は、9位でタスキを受けた。トップを走る早稲田とは4分58秒もの差があり、だれが見ても3位くらいまで追い上げればいいのではないかと見られた。しかし苦しそうに口を開け、顔をゆがめながら他校の選手を次々に追い抜き、終盤には先頭の早稲田の三輪選手に追いつき、ついには振り切ってゴールに飛び込んだ。

  高校時代は無名だった柏原は、東洋大に入るとランナーとしての素質が開花した。関東インカレで外国人選手に次いで日本人選手としてはトップに入り、一躍注目を集めた。その走りは「先行逃げ切り」のスタイルだそうだ。きょう、彼の出番は同時スタートの1区ではなく、往路最終区の5区だった。しかし、その走りはやはり、自分のスタイルをがむしゃらに貫いていた。走り終わった柏原は「最初から苦しくて、苦しくて。腹筋が痛かった」と話した。こんなインタビューは聞いたことがない。腹筋が痛くなるほどの激走を、ふがいない成績しか残せない男子マラソンランナーは忘れているのではないか。

  テレビで箱根からの富士山を見て、箱根駅伝のあとわが街の富士絶景ポイントを探そうと歩いた。これまでとは別の場所を何ヵ所か発見した。しかし、一つだけどこに行っても邪魔が入る。高圧線である。どのポイントでも高圧線が目の前にある。日本ならではの光景だ。ヨーロッパでは電線を地下に入れた都市が少なくない。

  美しい景観を守るためには、そうした営みが必要なのだ。悪名高いヒットラーが、不況克服のために地上の電線を地下に入れる工事を指示した結果、職を失った多くの労働者が仕事を得たという話もある。不況克服のためには為政者の知恵が必要なのである。