小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2037 8月6日の風景 「戦争の記憶は抜歯のきかぬ虫歯」

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 午前8時15分。南側の窓を開け、1分間の黙祷をする。温度計は29度(湿度76%)まで上がっている。76年前のこの時間、広島に原爆が投下された。人類に向けられた初めての大量破壊兵器は、おびただしい生命を一瞬にして奪った。テレビではNHK地上波が平和記念式典を中継しているほか、他のチャンネルでは暑さの中行われている五輪の競技を放送している。

 庭の一隅に1本のヒマワリがある。家族がもらってきた種をまいたら1本だけ芽が出た。それが今では2・5メートルほどに育ち、小輪の花が次々に咲き出した。数えて見ると17個もある。7月初めに1輪が咲き、それ以後次々につぼみが大きくなり、開花する。それは、命の輝きを見ているようで、頼もしささえ感じる。

  76年前、広島の名もない人たちも同じように夏の庭に咲くヒマワリやそのほかの花を愛でていたに違いない。しかし、長閑な風景は一瞬にして吹き飛び、修羅場と化し、地獄の世界へと変化した。原爆投下は悪魔の行為ではなく、命の尊厳を忘れた人間の所業だった。

 開催中の東京五輪、この日に合わせて選手や関係者らによる黙祷はなかった。五輪開会前に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が広島を訪れていたから、開会中の五輪で選手や競技関係者が黙祷をするのではないかと思われた。広島市からも要請があったと聞く。しかしIOC(JOC)は「16年リオデジャネイロ大会以降、歴史の痛ましい出来事や、さまざまな理由で亡くなった人たちに思いをはせるプログラムが閉会式に盛り込まれている」という理由で、要請を断ったという報道があった。IOCの認識はその程度のものなのだろう。

  医師で詩人の丸山豊(1915~1989)は、『月白の道 戦争散文集』(中公文庫)で、虫歯を比喩的に使い、戦争について以下のように書いている。《私たちはおたがいに虫歯をもっていたほうがよい。ズキズキと虫歯がいたむたびに、心の奥のいちばん大切なところがめざめてくる。でないと、忘却というあの便利な力をかりて、微温的なその日ぐらしのなかに、ともすれば安住してしまうのだ。(中略)私にとって、戦争の記憶は、とりもなおさず、抜歯のきかぬ虫歯である。折にふれて痛み出し、世間智に溺れそうな私を、きびしい出発点へひきもどす。》

「戦争の記憶は抜歯のきかぬ虫歯」という言葉を、今こそかみしめたいと思う。

 テレビで平和記念式典を見た。事前に出席者の話す内容を入手していたと思われるNHKは、発言内容を字幕(テロップ)で流している。松井一實広島市長は「平和宣言」で今年1月に発効した核兵器禁止条約を日本政府も批准し締約国会議へ参加することを求めた。当然なことだと思う、続いて小学6年生男女の「平和への誓い」(原稿を見ずにきれいな言葉で話していた)があり、この後菅首相があいさつに立った。おもむろに上着の内ポケットから紙を取り出し、読み始めた。いつもの光景だ。だが、なにやらおかしい。冒頭から言葉を噛んでいる。

 広島市を「ひろまし」、原爆を「げんぱつ、あるいはげんばつ」、76周年を「76年」と言い、その後でNHKのテロップと合わず、意味が通じない部分があった。1頁分「「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要だ」という部分を読み飛ばし、その後の記者会見で首相は「おわびを申し上げる」と陳謝したというのだ。

 誰でも間違いはある。完全無欠な人間はいない。しかし、コロナ禍対策で疲労がたまっているにしても、大事な式典でこんな無様ぶりを露呈した政治家がリーダーの政治に絶望感を抱くのだ。戦後76年も過ぎると、こんな首相が出現してしまうのだろうか。

「人間は地位が高くなるほど、足もとが滑りやすくなる」(帝政期ローマの政治家、歴史家・タキトゥス年代記』より)

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写真 調整池の今日の風景