小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2038  ヒグラシ鳴く五輪最終日 子規の病床テレビ観戦を想像

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 夕方、調整池の周囲をめぐる遊歩道を散歩していたら「カナカナカナ……」とヒグラシが鳴いているのが聞こえた。何となく物寂しさを覚える哀調ある鳴き声だ。子どものころは、このセミが鳴くと夏休みが終わりに近かった。8月20日過ぎには2学期が始まったからだ。ことし暦の上では7日が立秋だった。きょうは8日、物議を醸した東京五輪の最終日。五輪という旋風が去って、明日からは東京も静穏さを取り戻すのだろうか。感染爆発状態のコロナ禍が少しは下火になってほしいと、願うばかりだ。

 セミはいろいろな種類がある。この周辺では最近とみにクマゼミアブラゼミが競うように鳴いている。これにミンミンゼミも加わるとうるささが増し、耳障りなほどだ。ニイニイゼミも加えて、真夏を象徴するセミたちだ。これに対し、秋のセミの範疇に入るヒグラシやツクツクボウシ(法師蝉)の鳴き声は、うるささは感じず嫌悪感はない。俳句歳時記によると前者は夏の季語、後者は秋の季語に分類される。

 猛暑が続いているこの夏が過ぎ去っても、私を含め多くの人はコロナ禍爆発の中で五輪が開催されたこと忘れることはないだろう。7日夜の野球決勝戦、米国を破り優勝した日本チームの一人、中日の大野雄大投手(32)は渡された金メダルを夜空に向けて掲げていた。新聞には「先日病気で亡くなったチームメートの木下雄介投手(27)に見てもらおうと、天に掲げた」という記事が載っていた。木下投手は7月6日、練習中に突然意識を失って倒れ、救急車で名古屋市内の病院に搬送され、治療を受けていたが、3日に亡くなったという。

 木下投手が倒れた後、週刊新潮が「コロナワクチンを1回接種した数日後に倒れた」という趣旨の記事を掲載しているが、ワクチンと病気発症、死亡の因果関係はどうなのだろう。きちんと調査はされるのだろうか。大野投手は、後輩で将来を嘱望されていた木下投手に最後に会った際「金メダルをとったら見せてください」といわれていて、こうしたポーズをしたという。さりげないやり方で気が付かぬ人も多かったに違いない。同じ道を歩んできた後輩への鎮魂の思いなのだろう。

 五輪に出場した選手たち大野投手だけでなく、一人ひとりにそれぞれの思いがあるに違いない。池江璃花子選手のように病気(白血病)を克服したばかりの人もいた。日本選手だけでなく海外選手も含めて悔し涙にくれる姿も目に付いたのも、コロナ禍での開催という重圧に選手たちも戦っていたからなのだろうか。

 一方で、帰国すれば命の危険があるといわれポーランドに亡命したベラルーシの陸上女子代表のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手、五輪代表から漏れ帰国すれば生活が大変だという理由で、大阪・泉佐野市の合宿先から失踪したウガンダの重量挙げのジュリアス・セチトレコ選手のケースなど、選手たちを取り巻く環境の複雑さは依然変わらない。

 最終日、札幌で行われた男子マラソンは、出場した106選手のうち30人が途中棄権したという。東京から涼しいはずの札幌に移して開催されたにもかかわらず、このような結果になったことは、夏の日本の気候が危険であることを裏付けた。かつて私が住んでいたころの札幌の夏は涼しかったから、信じられない思いだ。地球環境の温暖化、凶暴化への警鐘に違いない。

 マラソンでゴール直前、2位を争う3人が接戦でゴールを目指した。このうち2位になったオランダのナゲーエ選手が後を追うベルギーのアブディ選手を振り返り、右手で「来い、来い」とやっていた。そして、2人はそのまま銀と銅メダルを獲得した。実は2人はソマリアからの難民で、オランダを拠点に練習をしていたという。出場した国は違っていても、心の中でともにメダルを目指したのだろうと思うと、他の選手を圧倒して優勝したキプチョゲ(ケニア)選手よりも、この2人の方に親近感が湧く。

 5年ぶりの五輪だから、選手たちは健闘した。しかし、コロナ禍の中での開催はやはり無理があったと言わざるを得ない。何より、ほとんどが無観客の大会は史上初めてで最後になるかもしれないのだ。こんな異形の東京五輪は、後世どんな評価を受けるのだろう。

 野球を愛した正岡子規のことが、ふと頭に浮かんだ。現代にタイムスリップし、子規が病床で五輪をテレビ観戦したなら、どんな感想を持つだろうと想像する。「どんな立場にいても、懸命に取り組むことが一番だな」などと月並みなことは言わず、「無理は禁物。人の命が一番大事だよ」と、警告するはずだ。