小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1963 空飛ぶ宝石との出会い 戻ってきたカワセミ

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 新型コロナ感染症の第3波によって、首都圏で2回目の緊急事態宣言が出されることになった。コロナ禍によって、昨年から続いている閉塞感は強まるばかりだ。そんな時はぶらぶらと散歩をする。近くの遊歩道を歩いていたら、道のわきを流れる小川の岩の上に青い鳥が止まっていた。カワセミ(漢字表記、翡翠)だった。望遠レンズのカメラを向け、何枚かシャッターを切った。カワセミは愛くるしい表情で私を見ているように思えた。

 青みを帯びた瑠璃色の羽根を持つ小鳥といえばルリビタキが知られる。オオルリコルリとともに瑠璃三鳥と呼ばれるそうだが、カワセミも人気があるらしく、時々望遠レンズ付きのカメラを持った人の姿を、この遊歩道でも見かける。  

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 遊歩道は小川に沿って続いている。小川は上流にある池から下流への池まで流れている。約1・3キロの間に3つの公園があり、以前は池や小川でカワセミの姿は珍しくなかった。しかし7、8年前、下流部近くまで住宅が建設されたため、姿が消えてしまった。最近はカメラを持った人をよく見かけるから、この周辺にカワセミが戻ってきたようだ。住宅開発が一段落をしたのを見て「もう大丈夫」と、警戒心を緩めたのかもしれない。  

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 普段の私は散歩にはカメラを持たない。これは、と思う風景や光景はスマホで撮影する。でも、過日久しぶりにカメラを持って家を出た。遊歩道をのんびり歩いていると、この鳥が岩に止まって、こちらを向いているのを見つけた。カメラを持った私を見て、散歩途中と思える人が解説してくれた。「この周辺は2羽のカワセミがいるのですよ」。この解説の通り、少し歩くとさらにもう1羽がいた。岩から小川の中にくちばしを入れたり、出したりしている。  

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「青い鳥」といえば、メーテルリンクの童話劇を思い起こす人は少なくないだろう。この話の鳥は、ハトという説が有力でカワセミ説はない。だが、私を含めアマチュアカメラマンにとってカワセミは撮影対象として関心は高い。ハトの方はいつも見慣れているせいか、見向きもされない。この鳥について広辞苑には「空飛ぶ宝石」という記述もある。最高の呼称ではないか。正岡子規 は「翡翠、川蝉、川セミ」を季語(夏)として、おびただしいといえるほど多くの句を作った。(中にはこれが子規の句? という句も混じっている。それを発見し、子規がさらに身近な存在になった)子規にとってもカワセミは、かなり関心の高い小鳥だったのだろう。

 以下はそのうちの2句。  

 翡翠の池の上飛ぶ夕日哉  

 しんとして川せみ飛ぶや山の池  

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   写真 小川で見かけたカワセミ。(300ミリ望遠レンズで撮影)  

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