小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1865 マロニエとクスノキの対話 困難な時代だからこそ

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 3月もきょうで終わり。木々も芽吹き始める季節である。私が体操広場と呼ぶ広場にあるマロニエトチノキ)も少しずつ葉を出しつつある。葉の出し方は個体差があり、新緑が美しい木もあれば、まだ全く芽吹きのない木もある。明日から4月、広場は急速に緑に包まれる。そう、4月は「生命力」を感じる季節なのだ。2年前のブログでキンモクセイとけやきの架空対談をお届けした。ことしはマロニエと近くにあるクスノキの架空対話(マロニエは「マ」、クスノキは「ク」と表記)を聞いてみた。  

 マ クスノキさんもいよいよ葉が入れ替わり始めましたね。私たち落葉樹と違って、クスノキさんたち常緑樹は姿かたちがきれいですね。  

 ク マロニエさんの新緑が出始めるころは、ああ春がきたと感じて、私たちから見ていてもうらやましいくらいだよ。  

 マ そうですか。そうそう。このところ、私たちが植えられている広場に子どもたちの姿が目立ちますね。新型コロナウイルス感染症の流行で学校が休校になり、引き続き春休みに入っているので、平日でも子どもたちが遊んでいますよ。

 ク 私の近くにあるベンチでは、定年になったと見える高齢者が座って、よくおしゃべりをしているよ。今朝も2人で難しい話をしていたな。  

 マ どんな話ですか。  

 ク 1人が新聞に載っていた、京都大学名誉教授の佐伯啓思という人の「異論のススメ」について話していたんだ。この人は保守派で知られる人で以前は産経新聞の常連執筆者だったそうだ。今朝の朝日新聞の朝刊には「現代文明かくも脆弱」と題した新型コロナウイルス感染症に関する佐伯さんの評論が載っていたそうだ。  

 マ ああ、私の広場で体操をしている人たちも、そのことを話していましたよ。  

 ク ベンチの人の話を要約すると。佐伯さんは「新型ウイルス騒動は見事に現代文明の脆弱さをあらわしたように見える」と前書きし、現代文明の柱は「グローバル資本主義、デモクラシーの政治制度、情報技術の展開」の3つだが、コロナ騒動は人々の幸福を増進し人類の未来を約束するという楽観的将来像に冷水を浴びせかけた、と論を進めているそうだ。  

 そして、統計数字の示すところ致死率はインフルエンザより多少高いものの、さして深刻なレベルではない。感染者の8割は軽症で治癒する、政府が感染爆発状態前に強力な対策を取ることは必要で休校措置、イベントの中止、渡航制限などはやむをえまい。それは常識的判断だ。今回パニックを助長したのはテレビの報道番組であり、ドタバタ劇にしか見えなかった、とも書いているね。そのうえで、今回のような新型の病原体出現の時は政府に依存し、報道に振り回されるよりも前に自らこの事態をどう捉え、どう判断するための「常識」であり「良識」であると主張しているそうだ  佐伯さんは評論の最後で「人類は生存のための4つの課題(飢餓、戦争、自然災害、病原体)と闘ってきたが、これらを克服できない」と書き、「今回のパンデミックは病原体の脅威を明るみに出し、文明の被膜がいかに薄弱なものかをあらため示した。現代文明が生と死に隣合わせ、いかに脆いものかをあらためて知った」と、まとめているそうだ。  

 マ 体操広場にいた1人は、こんな感想を話していましたよ。 「この評論の言わんとしていることは何となく分かる。ただ、このウイルスは初めに中国で出現したと言われており、あの国はグローバル資本主義、デモクラシーの政治制度の2つとは異質じゃないか。安倍首相による法的根拠のない突然の休校措置が常識的判断だと言えるのかなあ。今の政権はクロをシロと平気で言い張る独裁型に近づきつつあり、常識を求めるなんて論外だ。  

 そういえば、花見は自粛してほしいと政府が言っているのに、首相夫人は芸能人とレストランに集まって桜の木の前ではしゃいで写真を撮ってフェイスブックに載せていたことが話題になった。似たもの夫婦なのだ。  

 さらに、大学生や若者だけでなく高齢者にも常識に欠ける人が少なくないから、コロナ騒ぎが問題になっているにもかかわらず、海外旅行に出かけ、感染して帰ってくる。そんな人たちに良識をとか常識をとか言ってももう遅いとしか言いようがない。  

 まとめの方も今更の感があり、カミュの『ペスト』を持ち出して、文明のすぐ裏には確かに常に『死』が待ち構えているのであると書いているが、そんなことは当たり前だよ。ではどうしたらいいのかと、教えてほしいね。常識を持つことが対策なんて、観念的過ぎるよ」  

 ク ベンチで話していたもう1人の方は、コロナ感染症に関する別の論文について知り合いからメールがきたと話していたな。哲学者のコヴァル・ノア・ハラリ氏が昨日の日経新聞電子版に「コロナ後の世界に警告」という評論を載せ、その中で「今回の感染症が今後5~10年間の世界を大きく変える」と指摘しているそうだよ。ハラリ氏は「感染症対策として平時は実行するのに何年も要する面倒な過程を経ることなく権力が実行できるようになることをもたらす」とも書いており、それは共産党独裁の中国の今回の動きを他の国々が模倣することに警告を発するものだ、というのだ。  

 マ 今年の東京五輪パラリンピックとも来年夏開催に延期になり、その日程が決まったことも体操広場では話題になっていましたよ。五輪は7月23日、パラリンピックは8月24日開会ですね。暑い時期の開催だけでなく、まだコロナ感染症の収束の見通しがついていないので、これに対しても賛否両論がありますね。アメリカの新聞USAトゥデーは「世界中が疫病と死と絶望に包まれているときになぜ日程を発表するのか、無神経の極み」と、今回の決定を批判した記事を載せたそうです。コロナ対策で巨額の費用がかかるのに、さらに五輪というお荷物まで背負うことになりましたね。この国は、この先大変ですね。  

 ク 私の方では酒が好きらしい1人が俳句の話もしていたよ。奥名春江という俳人「一合の酒いっぽんの山桜」という句が好きなんだとか。コロナ騒ぎで酒を持っての花見は遠慮しているそうだ。この人は、この句のように1人で山に出かけてコンビニで買った1合の酒をちびり、ちびり飲みながら野生の桜を見てみたい、来年は絶対にそうする、と話していたよ。  

 マ 明日からは冬の間休んでいた人たちも、ラジオ体操を始めるそうです。1年中やっている人たちは12、3人ですが、約25人は4カ月半休んでいましたね。新型コロナ問題があるので、このうちどのくらいの人が戻ってくるでしょうかね。体操の人たちが解散すると、体操をしていた1人がイヤホンを耳に入れていました。何でもビバルディの「四季」をスマホで聴くのだそうっです。その人は、仲間の人に「この曲を聴くと生命力を感じ、元気になるんだ」と話していましたね。  

 ク 明日から4月、コロナの方は感染拡大が収まるのだろうか。心配だね。   

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