小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1807 戻らぬ父の遺骨と労苦の母 俳句と小説に見る戦争

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 8月16日のブログ「1804 政治の身勝手さ感じる8月 民意との乖離のあいさつ」の中で「戦没者の遺骨収集問題に触れた安倍首相の挨拶はうわべだけの誠意にしか聞こえなかった」と書いた。25日付朝日新聞の俳壇に「父の骨なほジャングルに敗戦忌」という句が載っていた。終戦から74年が過ぎても戦争の傷跡が消えないことを、この句は物語っている。  

 この句は、熊本県合志市の坂田美代子さんが投稿し、選者の1人大串章さんが第1句に選んだ。大串さんは「第1句。同時投稿の句に『それからの母の労苦や敗戦日』がある。父母への思いは尽きない」と評した。南洋のジャングルに果てた父親、その遺骨は今も戻っていない。父の戦死後、母の苦労は並大抵ではなかった。敗戦忌、あるいは敗戦日になると、その悲しみが蘇る……。2つの句からは、坂田さんの慟哭が聞こえてくるようだ。戦争で最愛の人たちを亡くし、今も同じ思いの人は少なくない。  

 浅田次郎の戦争をテーマにした6編の短編集『帰郷』(集英社文庫)を読んだ。第43回大佛次郎賞を受賞した反戦小説集である。その最後の「無言歌」に印象的場面がちりばめられている。西太平洋で索敵行動中に事故を起こした特殊潜航艇の中で、海軍予備学生2人(香田と沢渡)が、それぞれの夢について語り合っている。その末尾のセリフである。

「俺は、ひとつだけ誇りに思う」

「しゃらくさいことは言いなさんなよ」

「いや、この死にざまだよ。戦死だろうが殉職だろうがかまうものか。俺は人を傷つけず、人に傷つけられずに人生をおえることを、心から誇りに思う」

「同感だ、沢渡。こんな人生は、そうそうあるものじゃない」

「スマイル、唄おう」

(注、チャップリンの映画「モダンタイムスに使われた器楽だけの曲) 「言葉は、ないほうがいい」  

 2人は生命が尽きるまで残り少ない絶望的状況下、夢について語り合う。死を迎える心境を明かしながら、スマイルを口ずさむのだ。「人を傷つけず、人に傷つけられずに人生をおえることを、心から誇りに思う」という言葉は、人を殺すことが目的の戦争を風刺していることは言うまでもない。この2人のように、海の藻屑となった兵士は数多い。そして、ジャングルで命を落とした兵士と同様、当然だがこの人たちの遺骨も戻ることはない。  

 

 写真 散歩コースの調整池の後方に上がった虹。

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