小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1808 文明風刺『ガリバー旅行記』 邪悪な生物ヤフーは現代も

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ガリバー旅行記』(作者はイギリスのジョナサン・スウィフト)のガリバーは、日本を訪れたことがあるか? 答えは「イエス」である。イギリス文学に造詣の深い人なら常識でも、児童文学でこの本を読んだ人は、「へえ、そうなのか」と思うだろう。ガリバーが旅行した時代は1700年代の初め、日本は徳川家支配の江戸幕府元禄時代に当たる。

 イギリスに住むスウィフトから見れば、当時の日本は鎖国政策をとる、極東の訳の分からない国(あるいは妖怪変化が住み着く国?)と思っていたかもしれないから、この作品にも日本を使ったのだろうか。時を経て、仲違いを続ける日本と韓国。アジア以外の遠い国の人々から見たら、何とも理解しがたい対立なのではないか。

ガリバー旅行記』といえば、小人の国(第1話「リリパット渡航記」)、あるいはこれに第2話巨人の国(「ブロブディンナグ渡航記」)への渡航記を含めた物語が子ども向けに出版されていた。そのためガリバーといえば、小人や巨人の国での冒険と思っている人が少なくないだろう。しかし、この旅行記は文明風刺、政治批判ともいえる内容がかなり多くちりばめられており、児童文学の範疇に収まらない、大人を対象にした作品といえる。  

 旅行記は第1話と第2話に続き、飛行島の国など極東への渡航記の第3話(ラピュタバルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリブ、そして日本渡航記)、高貴で知的な馬の姿をした種族の国へ渡航する第4話(フウイヌム国渡航記)から成っている。日本が出てくるのは第3話で、種々多岐にわたる(まあよく考えたと思うほどのばかげたことがほとんど)研究に明け暮れる研究者の話は、ブラックユーモアそのものだ。日本へは「不死人間」が存在するラグナグ王国を経て渡航するのだが、鎖国とはいえオランダと交易があることに目をつけ、オランダ向けの船に便乗しイギリスへ帰ることが目的だ。  

 そのためか日本編(第11章)のページはわずか5頁で、当時の日本の風俗や風景に関する記述はほとんどない。唯一、当時日本が禁じていたキリスト教の信者でないことを示すための「踏み絵」の儀式を免じてほしいと皇帝(将軍)に嘆願する場面があるくらいだ。スウィフト自身、日本に関してそれほど深い関心を持っていなかったのかもしれないし、彼にとって日本は地の果ての国だったのだろう。出てくる地名も最初に上陸した日本南東部にあるザモスキ(下関、観音崎=横須賀、下総=千葉県船橋周辺など諸説ある)、首都のエド(江戸)、そしてナンガサク(長崎)だが、3つの地域の光景など具体的描写はない。  

 さて、この旅行記に登場する国々は、どこも桃源郷ではない。確かに現実とはかけ離れた世界である。だが、そこでガリバーが見たものは現実世界とそう変わらない愚かさであり、つまらないことだったから、この作品はスウィフトが住むイギリス社会への痛烈な風刺といわれる。さらに、現代の国際社会への風刺として読むこともできる。互いをののしり合い、意地を張り続ける日本政府と韓国政府の姿をスウィフトが見たら、どんなふうに表現するだろう。この旅行記には「ヤフー」という邪悪な生物が登場する。ガリバー船長はイギリスもこのヤフーに支配されていることを嘆いているが、私は現代もヤフーはそこかしこに存在すると思わざるを得ないのだ。日本にも韓国にも……。(『ガリバー旅行記』山田蘭訳、角川文庫)  

 写真 マングローブ林の川でカヤックを楽しむ人々(沖縄やんばるにて)。