小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1735 77年前の12月の朝 NBCがAPの至急報

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 今から77年前の1941(昭和16)年12月8日未明(ハワイ時間7日朝)、旧日本軍は米国のハワイ真珠湾を奇襲攻撃した。この朝ラジオで大本営発表を聞いた多くの日本国民は狂喜し、大国を相手にした戦争に勝てると信じた。一方、攻撃された米国では、どのように報道されたのだろう。AP(米国の通信社)の社史『ブレーキングニュース』(緊急速報の意)には、それが詳しく紹介されている。以下はその要約。  

 ニューヨークのロックフェラー・センターにあるNBC(米国の3大ネットワークの1つ)のオフィスでは、日曜ラジオ放送のエディターがAPのテレタイプの緊急重大ニュースを告げるベル音に注意喚起された。APのフラッシュ(至急報)に目を通した後、ボタンを押して階上のコントロールルームにネットワークの番組を中断するよう知らせた。午後2時28分、それまで1度もラジオで話したことがない放送エディターがマイクに向かって1500万人のリスナーに向けAPの至急報を読み上げた。それは「日本軍真珠湾攻撃ホワイトハウス発表」という簡略なものだった。  

 こうして太平洋戦争の口火が切られた。真珠湾攻撃を立案、指揮した山本五十六が予想した通り、序盤戦優勢に進んだ戦争はミッドウェー海戦日本海軍が壊滅的打撃を受けて以降、なだれを打つようにほとんどの戦線で敗退を余儀なくされる。そして広島、長崎へ原爆が投下される。  

 APの社史は米国の原爆投下について、短く記している。「そして、米軍のB-29爆撃機が原爆を投下し、8月6日広島を、そしてその3日後に長崎を破壊した。太平洋戦線では厳しい検閲が敷かれていたため、ニュースはワシントンから発信され、担当記者たちがその出来事の非道さとそれが暗示するものを伝えようと苦心して言葉を選んだ」それが、以下である。

《ワシントン、8月7日(AP)――人類が開発した最も恐ろしい兵器――原子の分裂という宇宙の根源的な力によって徹底的な破壊をもたらす原子爆弾が今日、その凄まじさで日本を驚愕させ、そしてそれがもたらす戦争と平和潜在的可能性を示し、世界の他の地域をも驚愕ささせた》  

 APの社史は、真相を隠そうとする政府と記者たちの戦いを随所に描いている。真珠湾に端を発した太平洋戦争でも米国でさえ検閲が横行した。当時の日本は軍の発言力が強く、大本営発表を覆す力は報道機関にはなかった。戦後、急に力を増した報道機関だが、現在は政権を脅かすほどの力がないのが残念だ。現役記者たちの奮起を促したい。

 

1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報