小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1702 繰り返す自然災害 想定外からブラックアウトへ

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「予(われ)、ものの心を知れりしより、四十(よそじ)あまりの春秋(しゅんじう・しゅんしう)をおくれる間に、世の不思議を見ること、ややたびたびなりぬ(「私は物事の分別がつくようになったころから、40余年の歳月を送ってきた。その間に常識ではあり得ないような、さまざまなことを見ることが度々あった」  

 6日、最大震度7という大地震が北海道(胆振東部地震)で発生した。被災された北海道の皆様にお見舞い申し上げます。メールなどで連絡がとれた札幌市内の知り合い数人によると、7日昼現在、電気は復旧していないという。知人の1人は「長い間生きてきて、このようなことは初めてだ」とメールに書いてきた。新千歳空港が閉鎖になり、ホテルも取れなかった人たちも少なくなかった。7年前の3月11日、東北のおびただしい人々が犠牲になった。東京の勤務先にいた私は帰宅難民になった。あれからも、大きな災害がやむことがない。  

 冒頭の言葉は20代~30代前半にかけて大火災、竜巻、飢饉、大地震という自然災害と人災を経験した鴨長明平安時代末期~鎌倉時代)が自分の生涯を振り返って記した『方丈記』に出てくる。時代は移り、長明が生きた時代とは比べようがないほど科学技術が大きく進歩し、生活は便利になった。だが、自然災害は当時と変わらず私たちに襲い掛かる。2004年もそうだったが、ことしの日本列島は次々に押し寄せる自然の脅威(4月島根県西部地震、6月大阪府北部地震、7月西日本豪雨、7~8月相次ぐ台風被害、6~8月全国的猛暑、9月台風21号で関西国際空港の滑走路浸水、北海道胆振東部地震)にさらされ、多くの人命を失った。長明が経験した以上の災害が繰り返されているといっていい。  

 長明が『方丈記』に記した「不思議」とは、安元の大火(発生時の長命の年齢=23歳)、治承の辻風(竜巻、26歳)、養和の飢饉(27歳)、元暦の大地震(31歳)という自然災害に加え、人災として平清盛が強行し、半年で挫折した福原遷都(26歳)がある。そして災害は、人間の過ちや怠慢、自信過剰によって被害が拡大する。その悪しき例ともいえる東日本大震災原発事故では、福島県の多くの人々の生活を破壊した責任をだれも負っていない。「想定外の津波」という言葉が責任放棄の代名詞になった。  

 今回の北海道地震の全道停電では「ブッラクアウト」という耳慣れない言葉が登場した。情報を総合すると、震源地に近くにあり、北海道全体の半分の電力を供給していた北海道電力苫東厚真火力発電所が強い揺れで停止、出火やボイラーの損傷があって、稼働できなくなった。他の火力発電所の発電で不足分を補おうとしたが、供給よりも需要が上回ってしまい、設備への負荷やトラブルを防ぐための安全機能が作動、供給を連鎖的にストップした。これが「ブラックアウト」(全系崩壊)といい、全道停電に至った原因だという。こうした事態の際、北海道と本州の間で電力を融通するための送電線があるが、この設備を使うための電力も調達できず、

 北海道の電気が全面的に止まってしまったのだ。  専門家は供給量の半分を苫東厚真発電所に依存していたという北海道電力の怠慢を指摘しており、北海道全体の停電はまさに人災的事故だった。北海道電力泊原発(泊村=震度2)の4系統の外部電源が一時すべて失われ、急きょ非常用ディーゼル発電機6台を起動させ、使用済み燃料プールの冷却を続けたという事態も発生した。3基の原子炉は運転中止中だったから大きなニュースにはならなかった。

 だが、これも原発を持つ電力会社として冷や汗ものの、信じられない失態といえる。いずれも「想定外」のことではないはずだ。長明ならこのような現代の姿をどのように記すのだろう。政府は今日午前現在で発表した死者16人を夜になって9人に訂正発表した。犠牲者は少ない方がいいのだが、夕刊には「死者16人」という大見出しが載っていた。政府の対応は大丈夫なのだろうか。