小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1646 木たちの対話 新緑を競いながら

画像

 小さな庭の中心にキンモクセイの木がある。この家に住んでことしで30年。この木も同じ時代を歩んだ。庭の外には遊歩道があり、多くの人が散歩を楽しんでいる。そこには大木になったけやき並木がある。新緑の季節。キンモクセイとけやきの若葉は、競うように太陽の光を浴びている。

 2つの木に心があるなら現代の世相をどう見るのだろう。今回はキンモクセイとけやきの架空対談をお届けする。(キンモクセイは「き」、けやきは「け」と表記)  

 き このところ、風が強いね。けやきさん、大丈夫かい。  

 け うーん。私は根を大きく張っているので、この程度の風は問題ないよ。……というのはやせ我慢さ。実はけっこう、つらいなあ。こんなに強い風でなければ、枝につけていた新芽を覆う鱗片(りんぺん)は少しずつ落とすんだがね。でも、風で飛び散ったね。  

 き そういえば、庭や雨どいにもたまっているとうちの人も言っていたよ。ことしは寒い日と暖かい日が繰り返しやってくるね。これからどんな気候になるのかなあ。  

 け 暖かい日は私の前を散歩する人が多いね。いろんな人がいて、話し声が聞こえてくるよ。  

 き 最近はどんな話が聞こえてくるの。  

 け 政治の話題が多いかなあ。でも、聞いていて嫌になることがほとんどだよ。団塊の世代らしい2人のおじさんの1人は、高橋和巳という、かなり前に亡くなった作家の話をしていたよ。何でも「最近この人の随筆集を読み直したら『さて、おもうに〈権力〉なるものには、おのれみずからを反省する鏡がない』ということが書いてあった。日本の今の政治をみていると、高橋が言う通りだと思うよ」というようなことを言っていたね。  

 き そうかい。うちの人も庭に出ると、独り言を言うんだが、最近はぼやきばかりだね。  

 け 若い奥さんたちも散歩しているんだけれど、財務省事務次官という人のセクハラ発言は許されないと、大きな声で言っているのが聞こえたよ。  

 き その話題はリビングのテレビの音が漏れてくるので、私も知っているよ。でも、このほかにもいろいろあるね。モリトモとかカケイとか……。これだけでなく、次から次にいろいろなことが出てくるね。一体、この国の役人といわれる人たちはどうなってしまったのかな。  

 け 確かに不祥事が次々に出ているようだね。さっきの団塊の世代のおじさんは「政治家も役人も信用できない。世も末だ」と嘆いていたよ。  

 き そうかい。でも、けやきさんはかわいい犬を毎日見られて楽しいんじゃないの。私の家に春休みに遊びにきていたノンちゃんという小さな犬は、飼い主と一緒に沖縄に行ってしまったので、次にいつ会えるか分からないんだよ。

 け それは残念だね。雨の日を除いて、犬を連れた人たちが散歩しているね。犬は人間に比べると寿命が短いそうだね。いつも姿を見せていた犬が、ある日から姿を見せなくなるのは寂しいね。  

 き うちにも以前、大型犬のゴールデンレトリーバーがいたんだ。でも、死んでから間もなく5年になるね。この犬の遺骨は私の根元に埋葬されているんだ。だから時々この家の人がこの場所をきれいに掃除しているよ。  

 け そうだったね。もう5年になるのかい。よく散歩していたよね。たしかhanaという名前の犬だったと思うけど、君の家の人は本当にかわいがっていたね。  

 き そうだね。この家の主人はhanaが空の星、一等星のシリウスに帰ったと信じているみたいだよ。  

 け 冬になると、私もその星をよく見るよ。そうかい、それはいい話だね。  

 き 人間はいろんなことをやるんだね。この前この家の主人が、奥さんに四国巡礼の本を読んだと話しているのを聞いたよ。四国には88カ所の札所があって、全部歩いて回ると1200キロになるんだって。その本は関口尚という人の『明星に歌え』という題名で、若人が何人かで88カ所を回る内容だそうだ。関口さん自身も88カ所を歩いてこの小説を書いたらしいよ。青春群像小説というキャッチフレーズがついていて読みやすいと、主人は言っていたね。主人の知り合いには、四国巡礼とフランスからスペインのサンティアゴ・デ・コンボステラというところに向かう巡礼の道800キロの両方を歩いたという人がいるらしいよ。  

 け すごいね。体と精神力ともに強い人なんだ。  

 き 何でも30歳そこそこの息子さんを亡くし、息子さんの慰霊とその悲しみを忘れるために実行したそうだよ。その人に比べると、ここの家の主人はぐうたらみたいだから、そんなことはできないだろうと思うよ。あっ!雨が降り出したよ。風で運ばれてきて葉についた黄砂もこれで少し流れるかな。  

 け うん、そうだね。明日は晴れるかなあ……。  

 

 以下は関連ブログ

1185 シリウスとの対話 遥かなるhanaからのメッセージ

1193 シリウスで気付く多様な価値観  物事には光と影が

1137 hana物語 あるゴールデンレトリーバー11年の生涯(3) シリウスへの旅立ち

1156 hana物語番外編2 台風接近の中での別れ

962 新緑の季節の木との対話 悲しみ、生きることに耐えられないときは……

991 祈りの地を目指して 歩き続ける人を描いた映画「星の旅人たち」

1002 スピリチュアリティと自分探しの旅 パウロ・コエーリョの「星の巡礼」 (サンチャゴへの道)

161 南十字星を見る NZの北島にて