1928「いつも一緒にいてね」それぞれの愛犬との別れ

《僕（私）の嫌なところに行くときは、お願いだから一緒にいてよ。見ているのが辛いとか、見えないところでやってとか、そういうことは言わないでよ。そばにいてくれるだけでいろんなこと、頑張れるようになるんだ。愛してるよ。それを忘れないでね。》『少年と犬』（文藝春秋）で直木賞を受賞したのと同様、馳星周の犬をテーマにした『ソウルメイト』（集英社）には、物語に入る前に「犬の十戒」という英語の詩と馳の日本語訳が載っている。冒頭に紹介したのはその１０番目である。

　この言葉の解釈はいろいろあるだろう。私は、寿命が尽きた時の愛犬の願いだと受け止めた。生活を共にした家族同様の飼い主と別れるのだから、犬は天国に行くにしても「嫌なところに行く」と思うのは当然だ。この作品は７種類の犬と人間とのかかわりを描いた短編集だ。最後の７編目は、スイス原産の「バーニーズ・マウンテン・ドッグ」の話だ。ストーリーは割愛するが、この大型犬は病気になり苦しみながら死を迎える時、飼い主は愛犬を抱き締め、息を引き取ると、心臓マッサージを施す。最終章はこのように、愛犬との別れの悲しみのシーンが描かれている。　

　前置きが長くなった。最近、仙台に住む友人が愛犬との別れという辛い体験をした。友人の愛犬・さくら（雌の柴犬）は肝臓の病気で衰弱し、８月末には体調が悪化したため動物病院に通い、栄養剤や痛み止め、抗生剤の注射を続けた。しかし体調は回復せず、９月５日夜からは友人が添い寝し、様子を見守った。朝がきたが、エサは食べず友人夫妻が家事でほんのわずかに目を離してから、さくらのところに戻ると呼吸が止まっていたという。午前９時だった。　

　友人はブログのその悲しい別れを書いている。その末尾には「苦しみから解放されたのか表情は穏やかだった。眼と口を閉じ、全身をタオルで拭き、最後のブラッシングをしてやった。２人で讃美歌第２篇４５８番『みそらの星』を歌い、さくらを天に送った」と記されている。愛犬との別れに讃美歌を歌った友人は、クリスチャンで仙台のオーケストラ「仙台シンフォニエッタ」の代表（2年前まではコンサートマスター）を務めている。　

　私は友人のブログを読みながら、私の家の愛犬が死んだ日のことを思い出した。７年前の２０１３年７月３０日未明、わが家のｈａｎａ（雌のゴールデンレトリーバー）が１１歳１カ月で生を終えた。『ソウルメイト』の最終章には大型犬の短命さを表したスイスの言葉が出てくる。「３歳までは幼犬、６歳までは良犬、９歳までは老犬、１０歳からは神様の贈り物」である。だから、ｈａｎａは１歳１カ月だけ、神様から生きることを許された。　

　１０歳を過ぎてから、ｈａｎａも体調がおかしくなり、散歩も十分にできなくなった。動物病院の検査で末期の肝臓がんと診断され、それから１カ月ちょっとで私たち家族のもとから消えてしまった。その最期は午前２時過ぎという一番眠い時間だったが、ｈａｎａは私たちに泣き声で命の尽きることを知らせた。その声で家族が起き、一番ｈａｎａを可愛がっていた次女に抱かれて旅立った。

　仙台のさくらちゃんは、１２歳１０か月。柴犬にしては生き急いだ感があるが、友人夫妻に本当に愛された。私は喪失感の中で過ごしている友人のブログにコメントを書いた。「さくらちゃんは、『おおいぬ座』群のリーダー役であるシリウスに帰ったのかもしれません。２０１３年７月３０日に１１歳１カ月で肝臓がんのため旅だったわが家の愛犬ｈａｎａ（ゴールデンレトリーバー）はこの星に戻ったのだと、友人から教えられました。私もそう信じて、別れの寂しさを乗り越えることができました。

　冬、地球から最も光って見える１等星で、オリオンの近くにあります。私もシリウスが見える季節になったら、さくらちゃんとｈａｎａが遊んでいることを想像しながら、夜空を見上げることにします」　

　その返事を見て、私は涙ぐんだ。

「ありがとうございます。ｈａｎａちゃんも肝臓の疾患でしたか。讃美歌第二篇４５８番は、本来子どもを送る歌なのですが、最期まで子犬のような愛らしさを失わなかったさくらは、私たちにとって『我が子』でした。『みそらの星と輝きつつ～』と歌いました。そうですね、シリウスでｈａｎａちゃんと一緒に遊んでいるのかもしれません。私もシリウスを眺めたいと思います」　

　写真　昼の間だけ、生活を共にしているミニチュアダックスフントの雌「ノンちゃん」。見かけによらず老犬です。　