小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1624 遠のく核なき世界 Tはterrible(不愉快、恐ろしい、ひどい)か

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 米国の第33代大統領、ハリー・トルーマン(1884-1972)は、前職のフランクリン・ルーズベルトの急死によって1945年4月12日、副大統領から昇格したため、「偶然による大統領」とも呼ばれた。この年の8月、米軍が広島、長崎への原爆投下という、人類に対し初めて核攻撃を実施した時の大統領である。同じアルファベットのTで始まる第45代大統領のドナルド・トランプ氏がオバマ前政権が目指した「核なき世界」の理想を撤回し、核の運用を拡大すると発表した。民主党トルーマン)と共和党(トランプ)の違いこそあるものの、2人のTはterrible(不愉快、恐ろしい、ひどい)で共通性がある。  

 トルーマンは、翌4月13日、就任後初の記者会見に臨んだ。60歳8カ月で予想もしなかった大統領になった彼は、記者団に対し「ゆうべ、天空の月と星が全部この私の上に落ちてきた感じだった。一人の人間が背負うにしては、最も恐るべき責任を私は背負ったことになる。もし諸君がお祈りを捧げることがあるなら、この私のために祈ってくれないか」(仲晃『黙殺』=NHKブックス)と語ったという。

 それほどにトルーマンは米国大統領の責任の重みを感じていたのだろう。そのトルーマンは、広島、長崎への原爆投下について「戦争を早く終わらせ多くの米兵の命を救うため投下を決断した」と語ったのだが、実際には両都市の被害のひどさに自身が衝撃を受け、朝鮮戦争での使用はやめさせたということが、家族の証言として残っている。  

 もう一人のTであるトランプ氏は中期的核政策の指針、核戦略見直し(NPR)を発表し、新型の小型核弾頭の開発を急ぐことを明らかにした。大胆な核政策の転換だ。現在持っている核兵器は強力すぎるため実際には使用しにくい。攻撃対象が比較的限定される小型の核兵器を開発し、潜水艦に搭載することによって、機動性も高まり、使いやすくなり、相手国にとって脅威になるというのだ。まさに冷戦時代への回帰を思わせるような、大胆な政策転換だ。  

 昨年、核兵器禁止条約が国連で採択になった。122カ国が賛成したにもかかわらず、日本政府は反対に回った。米国の核の傘に守られていることが背景にあるのは間違いない。今回もトランプ政権のNPRに対しいち早く「高く評価する」という外相談話を発表している。そこからは人類史上唯一の核被爆国という事実を切り離した、米国追従外交の姿勢がくっきりと浮かびあがる。  

 昨年のノーベル平和賞核兵器禁止条約の実現を働きかけてきた国際NGO・ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が受賞した。その授賞式に核保有国の米英仏中ソ5ヵ国の駐ノルウェー大使が欠席し、核なき世界を目指す人々を失望させた。米国のNPRはそれに追い打ちをかけるものだ。  

 また、ベーコン(1561-1626)の引用で恐縮だが、この英国の哲学者であり政治家は『随想録』の中で「大胆は無知と卑劣の子であって、他の資格よりはるかに劣る」と述べている。その続きもある。「しかし、それにもかかわらず、それは判断が浅薄であったり勇気がなかったりする世間の大多数の人を魅了して、手も足も出ないようにしばる。それどころか、賢明な人々にも弱気になっているときには効果がある。そんなわけで、われわれは大胆が民主的な諸国において驚嘆すべきことをなしとげたのを見るのである」。まるでトランプ劇場を予測したような言葉なのである。