小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1611「痛」の1年について 心の渇き癒す読書

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 今年の世相を表す漢字は「北」で、流行語大賞は「忖度」だった。双方の背景はここでは省くが、いずれにしてもマイナスイメージの言葉だ。では私の場合、今年1年を振り返って、どんな漢字・言葉が適当なのだろう。それは「痛」だった。

  広辞苑を開くと、「痛」とは①いたいこと。体がいたむこと。「苦痛・頭痛・痛覚」②心がいたむこと。むなしいこと。「心痛・悲痛・痛恨」③はなはだしさま「痛快・痛切・痛飲」――とある。①②は体と心の痛みであり③は愉快なこと(痛快)の半面、悲しみや苦痛を身に染みて強く感じること(痛切)であり、痛飲はうれしくて大いに酒を飲む場合とその逆にやけ酒もあるだろうから、プラスとマイナスのイメージどちらにも受け取ることができる。

  私はこのうちどれに当てはまるのか。9月に右足の大腿四頭筋断裂という、かなり大きなけがをし、体が痛んだから当然①に当てはまる。とはいえ、知人、友人の訃報、病気の話も次々に舞い込んできたから②の思いはかなり強い。では③の痛快なことや痛切に思うことはあったのだろうか。大腿四頭筋断裂というけがで入院は1カ月に及び、リハビリが重要な日課になった。そして、入院病棟で寝た切りに近い患者たちの実態を見て、健康の大事さを「痛切」に感じたことは言うまでもない。

  一方、「痛快」に思ったニュースも幾つかあった。14歳で29連勝をした将棋の藤井聡太4段、陸上競技100メートルで日本人として初めて10秒の壁を破り、9秒98で走った21歳の桐生祥秀選手の活躍ぶりは、まさに「痛快」な出来事だった。それに対し、大相撲の日馬富士の暴行事件に端を発した相撲協会のごたごたは、「不快」極まるニュースだった。安倍首相をめぐる森友、加計学園問題も依然「不透明」なままであり、2017年を代表する負のイメージは免れまい。

  私にとって、苦い思い出の1年。最後に今年読んだ本の中で、心に残った何冊かを記したい。いずれも心の渇きを癒してくれる内容だった。

  1、 大佛次郎パリ燃ゆ』(朝日新聞社)=再読。1871年パリ・コミューンの動きを追ったノンフィクション。

 2、 増田俊也北海タイムス物語』(新潮社)=かつて北海道に実在した新聞社を舞台に、若手記者の苦闘を描いたフィクション。

 3、 澤康臣『グローバル・ジャーナリズム』(岩波新書)、望月伊塑子『新聞記者』(角川新書)=澤は共同通信記者。パナマ文書報道に当たった国際的視野で取材する記者。望月は東京新聞社会部記者で、菅官房長官の記者会見で厳しい質問をすることで知られた。

 4、 門井慶喜銀河鉄道の父』(講談社)=宮沢賢治とその父親、政次郎を描いたフィクション。政次郎は父親の理想像のように思える。

 5、 原田マハ『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)=19世紀末のパリを舞台に、日本人画商とゴッホ兄弟との交流を描いたフィクション。ゴッホの「星月夜」はどのようにして誕生したのだろう。

 6、 島尾敏雄『島の果て』(集英社文庫)=太平洋戦争当時、特攻隊の指揮官として奄美群島加計呂麻島(鹿児島県大島郡瀬戸内町)に配属になった島尾の体験を基にした短編集。

 7、遠藤周作の一連の作品。『王国への道』「王妃マリー・アントワネット』「イエスの生涯』『真昼の悪魔』『侍』『白い人・黄色い人』『沈黙』『悲しみの歌』『海と毒薬』『深い河』=ほぼ入院中に読んだ。多くがキリスト教とのかかわりがテーマ。

 8、フランスのピエール・ルメートル作品。『天国でまた会おう』『その女アレックス』『悲しみのイレーヌ』=いずれもハヤカワ文庫。『天国でまた会おう』は、フランスの文学賞ゴンクール賞を受賞。第一次大戦で生き残った男の激しい生き方を描いたミステリー。他の2冊は、パリ警視庁犯罪捜査部班長カミーユ・ヴェルーヴェンという身長145センチという小男の警部が犯人を追い詰めるミステリー。

 9、ジェフリー・アーチャー『クリフトン年代記』(新潮文庫)=1920年に労働者の家に生まれた作家、ハリー・クリフトンの生涯を描いた大河小説。文庫本にして全14冊という長編。イギリスの現代史を読むようであり、本を読む楽しみを与えてくれる。

 10、呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)=11年と長期化した応仁の乱について、詳しく論考したベストセラー。学術書で数十万部が売れたというのは、どんな背景があるのだろう。

  写真は首里城那覇市内の風景