小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1558 苦闘する学芸員たち 政治家の発言にひるむことなかれ

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 これまで全国のさまざまな博物館や美術館を回り、学芸員から話を聞いた。彼ら、彼女らはいかにして、自分や同僚たちが企画した展覧会に多くの入場者を呼ぶか奮闘していた。そんな人たちに対し、山本幸三地方創生相が外国人観光客らへの文化財などの説明、案内が不十分として「一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないとだめ」と発言し、問題視されると撤回した。学芸員の仕事を理解していない妄言としか言いようがない。  

 海関係の展示を専門とする博物館のある学芸員は、東日本大震災の際、被災地で多くの漁船が流されてしまったことを知って、自分が住む地域の漁師たちに呼び掛け、使っていない多くの漁船を集めた。地域に根付いた博物館の学芸員としての顔の広さを利用し、集めた漁船が被災地の漁業復活に一役買ったことは言うまでもない。震災から1年後、岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」など震災をテーマにした障害者の作品を集め、感動を呼んだ企画展を立案した公立美術館の学芸員もいる。  

 一方で施設は立派だが、予算が足りないため、思い切った企画展を開催できないことに悩む学芸員も少なくない。それでも入場者数を伸ばそうと、全国の学芸員たちはさまざまなアイデアを考えているのである。  先日、今村雅弘復興相の暴言のことを書いたばかりで、再び、現職閣僚の話をこのブログに取り上げるのは、正直気が進まない。しかし、今度の山本発言は学芸員の仕事を冒涜するもので看過できないと思うのだ。  

 米国の第16代大統領、リンカーンは、次のような言葉を残した。 「人間性は変るものではありません。わが国将来の一大試練の時にも、今この試練にあっている人々と比べてまったく同じように、弱い者強い者があり、また愚かな者賢い者があり、悪い者善い者がいることでしょう」(『リンカーン演説集』より)  

 リンカーンのこの言葉で考えれば、「学芸員はがん」という発言は「愚者」の発言ととらえることができる。そして発言を撤回しても、学芸員を愚弄した大臣の人間性は変わらない。しかし、現場で奮闘する学芸員たちは、それにひるむ必要はない。  

 最近、美術関係では「キュレーター」という言葉も普及し、学芸員と混在して使われているという。自身、フリーのキュレーターをしたことがある作家の原田マハさんは、『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』という作品で、主要な役回りにキュレーターを登場させている。縁の下の力持ち的存在と思われている学芸員、キュレーターは、本来、文化の担い手として重要な役割を持っているのである。もし私が生まれ変わって美術的素質が備わっていた場合(現在は備わっていない)、職業を選ぶとしたら美術館の学芸員を希望するのだが……。