小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1481 この世は勧善懲悪ではない ゴンクール賞 『天国でまた会おう』

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 ピエール・ルメートル著『天国でまた会おう』(ハヤカワ文庫、上下)は『第一次世界大戦(1914~1918)で、上官によって瀕死の状況に追い込まれながら生き延びたフランスの元兵士2人が戦後、どのように生きたを描いている。

 2人は壮大な詐欺事件という悪事を持って社会に復讐し、英雄として復帰し上流社会の一員となった上官は悪事によって破滅する。2つの悪の結末は勧善懲悪(善いことをすすめ、悪事を懲らしめる)の結末ではない。だが、フランスらしいエスプリに富んだ作品で、読後感はさわやかだ。

 第一次大戦が終わったのは1918年11月のことだった。1914年7月に勃発した大戦は、クリスマスまでには終わるだろうという希望的観測が外れ、終戦まで4年を要してしまった。

 終戦間際、陣地獲得の功を焦る上官、プラデルによる無謀な戦闘指揮で兵士の1人、元銀行経理係のアルベールは砲弾によってできた穴に生き埋めとなり、彼を助けた大富豪の息子エドゥアールは砲弾片で顔の下半分をもぎ取られてしまう。 大戦での犠牲者は膨大だった。生き延びた多くの元兵士も社会復帰は困難だった。

 帰還したアルベールとエドゥアールの2人は極貧の生活の中で、架空の戦没者記念碑建立で資金を募る詐欺を計画する。一方、エドゥアールの姉と結婚したプラデルは、国から大戦犠牲者の墓地埋葬というビジネスを請け負って大儲けを企む。しかし、この事業は愚直な公務員の告発によって墓穴を掘ることになる。戦争を利用し利益を得ようとするプラデルに対し、負け組と思われた2人の元兵士が社会に反逆する物語は緊迫感があって、読み応えがある。

 主な登場人物は、アルベールとエドゥアール、プラデルのほかに愚直な公務員のメルラン、エドゥアールの父親で大富豪のペリクール、その娘でエドゥアールの姉マドレーヌ(プラデル夫人)など個性の強い人たちだ。

 物語は、大戦末期のプラデルによる悪行から始まる。その後は大戦後のフランス社会を舞台に戦没者墓地造成をめぐるスキャンダルと慰霊碑建立詐欺という事象を中心に社会の底辺で生きる者の友情、父と息子の葛藤、愛がなくなった夫と妻の関係などさまざまなエピソードが盛り込まれ、その展開は私の予想の域を超えている。

 作者のピエール・ルメートは2013年11月、フランス最高の文学賞といわれる「ゴンクール賞」を受賞した。この本の前にはミステリー小説『その女アレックス』(文春文庫)が日本でもベストセラーになった。『天国でまた会おう』という題名は、1914年12月4日、第一次大戦の最中、敵前逃亡罪で銃殺刑になったフランスのジャン・ブランシャール(上官の撤退命令に従ったことが判明し、1921年1月に名誉回復)の最後の言葉「あの空で待ち合わせだ。神がぼくらを結びつけてくれる。妻よ、天国でまた会おう……」が由来である。  

 エドゥアールは衝撃的と思える事故で亡くなり、アルベールは恋人とともに逃げ延びる。生と死の道に別れた2人だが、題名のようにいずれは天国で再会することを想像させるのだ。ラストシーンの墓守になった元公務員メルランの描写がいい。定年後もメルランは真正直に生きている。 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
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