東京・上野の国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」には、世界公開が初めてという《法悦のマグダラのマリア》(注1)が展示されている。2014年に発見され、真筆と鑑定された作品だ。カラヴァッジョは鮮烈な光と濃い闇のコントラストを効果的に用いる劇的な明暗法によってバロック絵画の先駆者と言われる一方、殺人事件を起こして逃亡生活を続けるなど波乱の生涯を送った。逃亡中に描いたというこの作品に続いて、新たにフランスで発見された絵がカラヴァッジョ作の可能性が高いと鑑定されたというから、カラヴァッジョファンには楽しみが増えたことになる。
《法悦のマグダラのマリア》は、カラヴァッジョがチンピラグループとのいざこざから殺人を犯してローマを逃亡、近郊の町で身を隠していた1606年の夏に描いたとみられ、同じころの作品に《エマオの晩餐》(注2)がある。
《法悦のマグダラのマリア》は、1610年にイタリアのポルト・エルコレという小さな港町で熱病によって死んだ際、荷物の中にこの絵があったとされるが、紛失。その後2014年になって個人のコレクションの中にあったのが今回展示された作品で、鑑定の結果カラヴァッジョ作とされた。
ロイター通信(注3)によれば、2年前フランス南西部のトゥールーズ近郊の民家で天井の雨漏りを点検していたこの家の人がこれまで開けたことがなかった屋根裏のドアを壊したところその裏に一枚の絵が見つかった。
旧約聖書の外典にあるユーディットがアッシリアの司令官、ホロフェルネスの首を切断する有名な場面(≪ホロフェルネスの首を斬るユーディット》)(注4)を描いたもので、150年以上も屋根裏に置き去りにされていた可能性があるが、状態は極めて良好だという。
1598年―99年にかけて描いたといわれる同名の作品はローマの国立古典絵画館が所蔵し、カラヴァッジョの暴力的テーマの代表作としてよく知られている。枯淡や幽玄を求める日本画とはかけ離れたテーマである。それが西洋的価値観と東洋的価値観の違いなのかもしれない。
今回、新たにカラヴァッジョ作の可能性が高いとされた作品も構図はよく似ていて、左側に苦悶の表情で首を切られるホロフェルネスがいて、首から鮮血が噴き出している。右側の手前に剣を持ったユディト、その斜め左側にユディトを見つめる侍女がいる。侍女の位置がユディトの右側の国立古典絵画館の作品とはここが違っている。ユディトの着衣も白から黒に変化している。
発見された絵は1604年~05年ごろの作とみられ、1億2000万ユーロ(約150億円)の価値があるという。絵画は歴史遺産なのだろう。それとも? 「私には師もいないし、その必要もない。私が実物にならって描くのだ」という言葉を残したカラヴァッジョ。その作品はリアルさゆえに生前は教会から受け取りを拒否されるほど批判を受けたが、現在では人の心をとらえ、わしづかみにする(美術史家・宮下規久朗氏)。新たに見つかった作品が真作なら、カラヴァッジョの魅力を一段と高めることになるだろう。
注1 法悦のマグダラのマリア