小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

917 2人の大家意識した社会派小説 伊集院静初の推理小説・星月夜

画像 新年早々に読んだ本は、伊集院静推理小説「星月夜」(文藝春秋)だった。書店に行くと東野圭吾道尾秀介京極夏彦推理小説の部類に入る本が店頭を大きく飾っている。 書店の店員の投票で選ばれる「本屋大賞」(2004年からスタート)の2011年大賞は東川篤哉の「謎解きはディナーのあとで」 が受賞したように、やはり書店の売れ行きは推理小説がいいようだ。

 そんな分野に伊集院は初めて挑んだのだという。 東京湾で出雲の老鍛冶職人と岩手出身の若い女性の他殺体が発見される。この殺人事件解決に挑む刑事たちを中心に岩手(農業)、出雲(銅鐸)が絡む社会派小説である。

 本の帯には「1961年『砂の器』、1963年『飢餓海峡』、そして2011年―」とあるから、文春は松本清張砂の器)と水上勉飢餓海峡)の2人の大作家を意識した社会派小説として発売したのだろう。

 昨年の東日本大震災で東北は痛めつけられ、心に傷を持った人は限りなく多い。そうした被災者と2人の被害者が重なる。伊集院自身も仙台で被災したという。

 この作品自体はオール読物で2011年1月号~3月号 同5月号~9月号まで連載しており、後半は震災後に書かれたと思われる。

 犯人逮捕後、捜査一課の刑事と鑑識課員の同期の2人が岩手の女性の祖父を訪ねるラストシーンがいい。それは厳しい現実に直面した東北の風景そのものといっていい。

 正岡子規に「戸口まで送って出れば星月夜」という有名な句がある。星月夜とは、晴れて星の光が月のように明るい夜のことを言うが、いま窓から外を見ると、南西の空には金星が輝き、まさしく星月夜のようだ。

 この小説にも東京湾の現場で2人の捜査官が金星を見あげる場面がある。厳寒の被災地でも空を見上げ、明日への希望を星に託している被災者がいるかもしれない。

 以前、ニュージーランド南十字星を見るため小高い丘に行ったことがある。初めのうちは曇り空で星の輝きは少なく目的の南十字星も見ることができず丘を下りた。しかし海岸まで行くと雲が切れ出し、急に星の数が増え、南十字星も顔を出した。星明かりで一緒にいる人たちの笑顔が見え、胸が温かくなったことを忘れることができない。