小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

905 西向く侍とは 凛とした2人のボランティア女性

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 ことしも「 西向く侍(にしむくさむらい)」の月がきょうで終わり、明日から師走になる。2、4、6、9、11月は、ひと月の日数が31日以外の月のことである。この5つの月(小の月)を、このように言うのだと小学校で教えられた。

 「さむらい」は「士」とも書き、この漢字を分けると「十」と「一」になり11月を表しているのだ。江戸時代、大小暦によって広められ、「十一」が2本の刀のように見えるため、こんな言い伝えになったそうだ。

 とすれば、11月は「さむらいの季節」である。さむらいには男しかなれなかった。だから日本の男性にその伝統は引き継がれているはずである。しかしこの11月、男たちのひどい行状が続いている。全く、何をやっているのかと思う。3・11で苦しむ東北の人たちを置き去りにして…。

 いまさら、ここで書くのはどうかと思う。でも大王製紙の御曹司のカジノでの莫大なカネの浪費、オリンパスの巨額損失隠し、さらに防衛省の沖縄をめぐる局長の暴言問題(その前の防衛大臣ブータン国王宮中晩さん会欠席問題も含めて)は腹が立って仕方がない。この男たちは、さむらいではないと断言できる。

 今月、会津に行った。会津には戊辰戦争当時、白虎隊があった。16歳から17歳の少年剣士たち(13歳の少年も交じっていたという)によって編成された白虎隊は、会津藩の負け戦を知り、飯盛山で自決する。少年であっても「さむらいの精神」を持っていたのだ。 それから143年。東北は未曽有の大震災に襲われた。被災者は耐えて、耐えての日々を送っている。岩手、宮城、福島の各地を何回も歩いた。その惨状に心が折れそうになった。被災者は私の何十倍も苦しみ、悲しみながら生活を送っている。

 宮城県石巻で、素晴らしい2人の若い女性に会った。ボランティアの受け入れの仕事をしている横田花子さん(20)と八木七海さん(19)だ。一家でカナダに移住し、バンクーバーの大学1年生を休学して石巻に入った横田さん。大学進学のための浪人生活をやめてボランティアを志した八木さん。若い人を見直し、女性の強さを感じた。

 12月に入る。被災地には寒さが押し寄せてくる。だが、横田さんや八木さんはその寒さの中、被災者支援を続けるという。北風に向かって背筋を伸ばし、凛とした姿勢で歩いている2人を、私たち男も見習う必要があると思う。 (写真、左横田さん、右八木さん)