小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

836 原子の分裂という宇宙の根源的な力 APの歴史にみる原爆報道

画像

  米国の通信社・APの、社史ともいうべき「BREAKING NEWS」(ブレーキング ニュース)=AP通信社の記者たちは戦争、平和、世界のニュースをいかに取材してきたか=という本が新聞通信調査会から届いた。1940年以来67年ぶりにAPの歴史を振り返り英語版は2007年に刊行され、先月(2011年6月)日本語版が我孫子和夫氏の翻訳で出版された。

  表題にもある通り20世紀は戦争の世紀であり、21世紀に入っても大きな変化はない。431頁に及ぶAPの歴史には、世界の状況が克明に記されていて興味が尽きない。米国の通信社という事情から、ベトナム戦争9・11テロに関してかなりの頁を割いているが、日本についての記述はほとんどない。しかし広島、長崎の原爆投下に関しては簡単ながら、頁を割いている。

 「戦争Ⅱ」という項目の「太平洋戦争の終焉」の中で「米軍のB―29爆撃機が原爆を投下し、8月6日に広島を、そしてその3日後に長崎を破壊した。太平洋戦争では厳しい検閲が敷かれていたため、ニュースはワシントンから発信され、担当記者たちがその出来事の非道さとそれが暗示するものを強く伝えようと苦心して言葉を選んだ」

 「ワシントン、8月7日(AP)―人類が開発した最も恐ろしい兵器―原子の分裂という宇宙の根源的な力によって徹底的な破壊をもたらす原子爆弾―がきょう、そのすさまじさで日本を驚愕させ、そしてそれがもたらす戦争と平和への潜在的可能性を示し、世界の他の地域をも驚愕させた」

  このあと日本が降伏し、米国の特派員も日本の土を踏んだことなどを10行程度に記している。担当記者たちが原爆の非道さを伝えようと、苦心したことが理解できる。「原子の分裂という宇宙の根源的な力」を考えれば、事故を起こした福島第1原子力発電所のコントロールがいかに困難か分かるのだ。

  9・11については、APは「航空機1機が火曜日の朝、世界貿易センターのタワー1棟の上階に激突し、2つの大きな穴から黒煙が噴き出した、と複数の目撃者が語った」と速報し、2005年にスリランカを襲った地震津波については「途方もなく巨大なエネルギーを持った地震が日曜日にインド洋海底深部を揺るがし、高さ20フィート(約6・1メートル)の壁のような波を引き起こし、波は数千マイルに及ぶアジア7カ国の沿岸を襲い、海岸のリゾートや村々を破壊し、1万1350人以上の死者を残して去って行った」と報道した。双方とも、厳しい災害報道なのだが、味のある文章だ。

  災害報道についてもうひとつだけ紹介する。「戦争報道と同様、災害取材に当たる記者たちは時折、政治的十字砲火にさらされることがある」のだそうだ。ペルーで1970年6月1日に発生した大地震について、ペルー政府は死者2500人と発表した。これに対しAPのジョー・マクゴーワン記者は「2つの市全域が埋没し、5万人―7万5000人が死亡した」と速報した。日本の気象庁の統計によると、死者6万6794人、負傷者14万3331人だったので、AP記者の速報は正しかった。

  しかし、ペルー政府はAPの速報を否定し、APを激しく非難した。だが、1日後には多くの死者があったことを公表した。にもかかわらず国家の尊厳を侮辱したという理由でマクゴーワン記者を逮捕し、国外追放処分にしたという。同記者は政治的な十字架にさらされたのだ。

  福島の原発事故では、国・東電は情報の後出しを続けている。原発事故でも、マクゴーワン記者のように、真相に迫る記者が出てほしいと痛感する。それほど日本の原発報道は歯がゆい。