小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

368 コーヒーの小さな実 冬のある朝に

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 小さな発見をした。初めて、観葉植物として育ててきたコーヒーの木に実がなったのだ。 犬を連れて、朝の散歩に出る。けさはこの冬一番の冷え込みで、空は真っ青だ。街路樹の葉はほとんど落ちている。遠くに冠雪の富士山がくっきりと見える。その鮮やかさに感動したのか、通りすがりの老婦人が「富士がきれいね」と声を掛けてくる。冬本番なのだ。

 家に戻り、外に出したままの観葉植物を点検すると、鉢植えのコーヒーの木に小さな青い実が2つついていた。これが豆になるのだろうか。もう10年近く前に、娘がどこかからもらってきた。わずか数センチの小さな木もいまでは90センチくらいに背が伸びた。冬になると屋内に入れるが、日本の寒さには弱いのだろう。数枚を残して葉は落ちてしまう。 暖かい季節に外に出してやると、葉も繁って元気を取り戻す。

 こうして次第に成長し、ことしも室内に入れる季節になった。2つの実は、注意しないと気がつかないほど、さりげない様子で上の方の枝についていた。 コーヒー中毒といっていいほど、毎日何杯かのコーヒーを飲む。しかし、その豆がどんな風に取り入れられ、琥珀色に変化していくのか知識はない。私が飲むだけでも相当の量の豆が必要だ。日本全体では、その使用量は膨大な量だろう。

 そんなことを考えながら、小さな実を見ると、いとおしい思いになる。 水道の水できれいにしたあと、鉢植えを居間に取り込んだ。その実がいつまでなり続けるのかは分からない。植物や自然は正直でうそはつかない。このコーヒーの木も成長した証として、実をつけたのだ。 忘れないよう観察してやろうと思いながら、一段落したあとコーヒーを手に新聞に目を通すと、不愉快な話が掲載されている。

 振り込め詐欺事件に利用されたため警察によって凍結された銀行口座を使えるように民事訴訟の判決文を京都家裁の書記官が偽造し、それによって口座から数百万円が引き出されたという記事が一面に載っている。 社会面には、行方不明になった少女を捜してやるといって、少女の家族から7000万円もの大金をだまし取った容疑で大阪府警が男女を逮捕したニュースが大きく掲載されている。

 法を守るのが職務の裁判所の書記官が振り込め詐欺に手を貸し、少女を必死で捜す家族の思いを手玉にとることを考える悪知恵の人間の存在に、不愉快さを通り越して怒りを感じる。 同じ新聞には、5日に亡くなった評論家の加藤周一さんを悼む記事が載っている。「多くの宿題を今の世に残して知の人は旅立って行った」と。そうだ。この世には宿題が多すぎる。