小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

361 遠い夕焼けの空 東京暮色

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 正直、東京の日暮れから夜景がこんなに美しいとは想像もつかなかった。過日、よく晴れた日に58階建てマンションの50階に住む知人宅を訪問した。「来るなら日没前の4時には着くようにしなさい」という知人からの注文がついた。到着して、その理由が分かった。太陽が西に傾き、夕焼けの茜色の世界から光が輝く世界へと変化する東京の姿に息をのんだ。

  このマンションは、中央区にある。ベランダに出ると目の前に東京湾東京港)が広がり、その背後にお台場、レインボーブリッジ、品川、東京タワー、汐留、浜離宮を納めた広大なパノラマが展開する。「世界50ヵ国は歩いているが、私も東京がこんなにきれいとは思わなかった。私が見た中ではこれが一番です」と、知人は言う。かつて、ソ連の宇宙飛行士ガガーリンは「地球は青かった」という名言を残した。この景色をガガーリンが見たなら何と話すだろうかと思った。

  空気が乾いていて、遠くまで透視できるという条件をこの日は持っており、太陽が西に傾く前は、東京湾都心部のビル群がよく見えた。ベランダから見ると、ちょうど中央あたりの最後方には雪を抱いた富士山が配置されている。その背後は次第に茜色に染まっていく。

「いまの季節は、陽が落ちるのが早いですよ」と、知人が説明する。少し話し込んで外から注意をそらすと、その通り富士山の周辺は影絵のように黒さを増していた。慌ててベランダに出直す。富士山の変化と並行して東京の街はライトアップされ、光の街へと移行していた。

 「うーん」と、ため息をつきながら、カメラのシャッターを押し続ける私。「ここに来ると、みんな写真を撮りますよ」と知人。東京湾から吹く風は冷たいが、知人が言う「世界一」の夜景に見とれた私はしばらくの間、寒さを忘れた。

  知人がこのマンションに住むようになった訳は、ここでは詳しくは書かない。しかし愛知県に生まれた知人が早くから両親を亡くし、刻苦勉励の末にこうした環境を手に入れるまでのストーリーは、波乱に満ちていることだけは間違いない。知人はしみじみと言う。「このマンションを購入するため数年前に株は全部手放した。私はその意味でもついていたのかもしれない」と。マンションが完成したのは今年夏前のことだから、たしかに彼は株暴落の影響を受けずに済んだのだ。

  日本の三大夜景は、函館山から臨む函館の夜景、麻耶山掬星台(きくせいだい)から臨む神戸・大阪の夜景、稲佐山から臨む長崎の夜景といわれる。東京にも夜景スポットは、いろいろあるが、知人が住むマンションに勝るところはないかもしれない。百田宗治の詩を思い出しながら、地下鉄への道を急いだ。

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 遠い夕やけの空を見ていると

 ぼくはあの空の下に美しい国があるとおもう。

 心のきれいな人ばかり住んでいて

 いつもたのしい音楽が聞こえてくるような気がする。

               (百田宗治 夕やけの雲の下により)