小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1998 新緑の季節がやってきた ブレイク「笑いの歌」とともに

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 特権をひけらかす テムズ川の流れに沿い
 特権をひけらかす 街々を歩きまわり
 ゆききの人の顔に わたしが見つけるのは
 虚弱のしるし 苦悩のしるし
    (寿岳文章訳『ブレイク詩集』「ロンドン」岩波文庫

 この短い詩を書いたのは、イギリスの詩人で画家、銅版画職人のウィリアム・ブレイク(1757~1827)だ。コロナ禍に苦しむ現代のロンドンっ子を予言したような詩ではないか。ブレイクは、「ヨーロッパ美術史」にも大きな足跡を残しており、多芸な人物だった。

 今年は春が来るのが早く、私の住む地域は若葉が美しい季節を迎えている。かつての原野だった公園を歩いていたら、単子葉類の「キンラン」と「ギンラン」の花が咲いていた。黄色(キンラン)と白色(ギンラン)の可憐な花で、例年より開花はかなり早いようだ。ブレイクの冒頭の詩は暗い。だが、新緑の季節にふさわしい明るい内容の詩もある。それは「笑いの歌」(新潮社『世界名作選』吉田甲子太郎訳)という詩(以下)で、小学生にも分かりやすい。
 
 緑の森がよろこびの声で笑い
 波だつ小川が笑いながら走ってゆく、
 空気までが私たちの愉快な常談(冗談と同じ)で笑い
 緑の丘がその声で笑い出す。

 牧場がいきいきした緑で笑い
 きりぎりすが楽しい景色の中で笑う、
 メアリとスーザンとエミリとが
 可愛い口をまるくしてハ・ハ・ヒと歌う。

 私たちが桜んぼとくるみの御馳走をならべると
 その樹の蔭できれいな鳥が笑っている、
 さぁ元気で愉快に手をつなぎましょう
 うれしいハ・ハ・ヒを合唱しましょう。
 
 ブレイクの作品は難解なものが多く、生きている間は狂人とさえ言われたが、現代ではイギリスを代表する芸術家の一人に位置する。詩人でコラムニストの高橋郁男さんの古今東西の詩に関する著作『詩のオデュッセイア』(コールサック社)にも、当然紹介されている。この詩は、ブレイク作品にしては難解ではなく春が来た喜びが素直に伝わる、明るくて分かりやすい内容だ。
 
 ブレイクは絵も描き(代表作は「われわれの終わりは来ている」という神秘的な作品)、文学と絵画で同時にロマン主義(18世紀後半から 19世紀前半にヨーロッパで興った文学、哲学、芸術上の理念や運動のこと)の作品を創造した、として評価されている。

 作家の大江健三郎はブレイクに傾倒したといわれ、『新しい人よ眼ざめよ』(講談社文庫)は、障害を持って生まれた長男との共生を、ブレイクの預言詩を媒介にして描いた連作短編集だ。大江の長男・光は知的障害を持つが、優れた音楽の才能を生かし美しい旋律のCD(「大江光の音楽」や「大江光ふたたび」など)を出している。その旋律は「笑いの歌」を想起させ、耳に心地いい。

 写真左がキンラン、右がギンラン
 1647 公園に復活したキンラン 植物は天然の賜