小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1929 文芸作品に見る少年たち 振り返る自分のあの時代

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 最近、少年をテーマにした本を続けて読んだ。フィクションとノンフィクションに近いフィクション、ノンフィクションの3冊だ。読んだ順は馳星周『少年と犬』(文藝春秋)、高杉良『めぐみ園の夏』(新潮文庫)、佐藤優『十五の夏』(幻冬舎文庫)になる。それぞれの作品に出てくる少年の姿を想像しながら、遠くなった私自身の少年時代を振り返った。それにしても、佐藤優が15歳の高校1年生の夏に体験した東欧諸国一人旅は、私の想像を超えていた。

『少年と犬』の主人公は、一匹の野良犬だ。飼い主が東日本大震災(2011年3月11日)で津波の犠牲になったため岩手県釜石から熊本まで苦難の旅を続ける途中、出会った人間とのかかわりを6つの話にまとめている。その最後が本の題名にもなった少年と犬の物語だ。

 釜石で津波を体験した少年は失語症となり、両親は息子のために海から遠く離れた熊本の内陸部に移住した。犬は北から南へと様々な人間との出会いと別れを繰り返し、熊本へたどり着く。なぜ野良犬が熊本へ目指すのかも明かされる。悲惨な体験によって失語症になった少年は犬と再会し、言葉を取り戻すのだが、震度7という国内で最大の震度を記録した熊本地震(2014年4月)に絡む哀切なラストシーンが待っている。直木賞を受賞したこの作品は、ソウルメイト』(集英社)とともに作者の犬への愛情の深さを示しているようだ。

『めぐみ園の夏』は、経済小説で知られる高杉の自伝的小説という。太平洋戦争敗戦から5年経た1950(昭和25)年、両親の離婚によって孤児施設(現在の児童養護施設)に入れられた11歳の少年が、持ち前の聡明さで生きていく姿を描いている。私なら心が折れてしまうような生活でも少年は明るさを失わない。高杉は自身の生き方について問われると、チャンドラーの作品(『プレイバック』)に出てくる「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない」を引用するそうだ。確かにこの少年はタフで優しい。私の少年時代とは程遠いだけに、惹かれるものがある。  

 佐藤は1975年、埼玉県立浦和高校1年生の夏休みにスイス、チェコハンガリールーマニアソ連(現在のロシアとウクライナ)を一人で旅する。ハンガリーの首都、ブタペストの文通相手を訪ねるのが大きな目的だが、高1の少年が英語を頼りに東欧圏を回る旅はスリリングで上下2巻を読み終えるのにあまり時間はかからなかった。この旅で佐藤は各地で様々な食べ物を口にする。その内容が細かく描写されている。

 それぞれの国の事情についても15歳にしては詳しく、私自身の15歳当時を思い起こしてみると、天と地の差がある。悔しいというより、小癪なやつがいたものだと思わざるを得ないのだ。  

 佐藤がこの本を出版したのは2018年(単行本、文庫は2020年)だった。「40年近く経った時点で、記憶を頼りに描いた当事者手記だ。記憶は変容し、物語になることは避けられない」と「文庫版あとがき」で書いているように、単なる旅行記を超えた好奇心旺盛な少年の人間としての成長の物語になっている。

 旅行記といえば、沢木耕太郎の『深夜特急』を思い起こす人は多いだろう。26歳の沢木が香港からロンドンを目指すバスの旅をしたのは佐藤より数年前で、作品を書いたのはその10年後の36歳のころだった。15歳で東欧圏を旅した佐藤の早熟ぶりは、やはり際立っている。佐藤は行く先々で「この旅はあなたのこれからの人生に大きな影響を与えることになるはず」と言われる。

 佐藤は外交官として北方領土返還問題にかかわっていた当時、衆院議員(現在は参院議員)鈴木宗男氏の事件に巻き込まれて執行猶予付き有罪となり失職し、その後作家活動に入った経歴を持つ。この旅で培った広い視野を持つこと、何事にも好奇心を持つことが、佐藤の作家活動に役立っていることは言うまでもないだろう。  

 私自身を振り返ると、引っ込み思案で人間嫌いともいえる少年時代だった。馳作品の少年に近く、高杉と佐藤の作品のような少年とは縁遠い。新しく着任した教師と出会い無我夢中で陸上中距離を走り続けた中学時代、高校1年で出場した県大会(跳躍競技)で惨敗し、しかも三段跳びを練習し過ぎた結果、両脚ひざ下の軟骨が出て歩くと痛みのため早々に陸上競技を断念せざるを得なかった。

 その後は目標を失った灰色の高校生活……。斜に構える日々だった。だが、この体験が耐える力を養い、本を読むことの大事さを教えてくれたように思える。それがあるからコロナ禍で外出しにくい現在でも、ストレスはない。それよりも日々、本を読む楽しみが倍加している。  

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