小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」

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「刀折れ矢尽きる」あるいは「弓折れ矢尽きる」というのだろうか。甲子園の夏の高校野球決勝、大阪桐蔭―金足農戦(12-3で大阪桐蔭が優勝。春夏連覇の2回という新記録を達成)をテレビで見ていて、この故事を思い浮かべた。「戦う手段が完全になくなる。物事を続ける方策が全くなくなる」(広辞苑)という意味だが、それでも劣勢に立たされた金足農は最後まであきらめなかった。閉会式の途中、甲子園球場の外野席後方に虹が出た。それは優勝した大阪桐蔭よりも台風の目ならぬ「大会の目」になった金足農ナインを祝福しているように私には見えた。  

 たまたまだが若い時分、秋田で暮らしたことがある。妻は秋田生まれで、妻の妹の一人は金足農出身だ。そんな私的事情もあって、甲子園で金足農の試合があると必ずテレビの前に座り、ハラハラしながら見続けた。大会が始まるまで、この高校がどんなチームか全く知らなかった。新聞には吉田投手が大会屈指の投手とは紹介されていたが、ここまでやるとは思いもしなかった。  

 これまでの金足農選手たちの奮闘は、多くのメディアで報道されている。秋田の街のフィーバーぶりもテレビで毎日話題になっている。暗い話題が多い昨今、山口の周防大島で行方不明になった2歳の藤本理稀ちゃんを見つけた大分のボランティア、尾畠春夫さん(78)とともに、ワイドショーが飛び付く題材になったのだろう。それにしても、高校野球がこれほど社会現象になったのは久しぶりのことではないか。  

 100回大会ということで、これまで活躍した松井をはじめとする名選手による始球式も関心を集めた。とはいえ、やはりスポーツはその内容が大事であり、金足農の選手たちは才能あふれる大阪桐蔭の選手たち以上に共感を集めたといえる。その戦いぶりは後世に残るはずだ。こう書くと、秋田の人には怒られるかもしれないが、決勝で負けたのは仕方がなかった。吉田投手はすごい投手だが、一人の力は限りがある。秋田大会からの連投に、ついに限界がきたのだと思う。それは多くの人が感じていたに違いない。  野球が好きだった俳人正岡子規は野球に関する俳句と短歌も作った。そのうちのいくつかを以下に掲げ、金足農の選手たちに贈ろう。  

 ・草茂みベースボールの道白し  

 ・夏草やベースボールの人遠し

 ・九つの人九つのあらそひにベースボールの今日も暮れけり  

 ・若人のすなる遊びはさはにあれどベースボールに如く者はあらじ

 ・今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸のうちさわぐかな  

 どれもが野球の神髄を表現しているといえる。子規が野球に熱中した1886(明治19)年から今年で132年が過ぎている。  

 写真は上野公園内の正岡子規記念球場。猛暑の中でも若者が野球をやっていた。