小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う

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 ピーテル・ブリューゲル(1526/1530年ごろ~1569)は、2点の「バベルの塔」の作品を残している(もう1点描いたといわれるが、現存していない)。多くの画家がこのテーマで描いているものの、傑作の呼び声が高いのはブリューゲル作である。その1点を東京都美術館で見て、スペイン・バルセロナで建築中の巨大教会、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)を連想した。  

 ブリューゲルは1563年に1点目(油彩画、114×155センチ、ウィーン美術史美術館所蔵)を描き、さらにこの5年後の1568年ごろに2点目(油彩画、59.9×74.6センチ、オランダ・ボイマンス美術館所蔵 )を完成させた。ブリューゲルネーデルラント(現在のベルギーとオランダにまたがる地域)のアントウェルペンアントワープ)で長く暮らした。当時この町は古代都市バビロンに似ていたといわれ、建築現場も多かった。そうした現場を詳細に観察した結果が、この絵に反映したのではないかと、中野京子は『名画の謎』(文春文庫)で書いている。  

 バベルの塔は、旧約聖書の中の「創世記」に出てくるれんが造りの高い塔のことである。人類はノアの大洪水後、ノアの子孫たちがシナル(バビロニア)に住みつき、れんがによって町を作り、塔を建てて天にまで届かせようとした。これを見た神が、人類が一つの言語を持つからこのような行いをするのだと怒り、その言語を乱し人間が互いに意志疎通できないようにと、人々を各地に散らして塔の完成を妨げたというのである。旧約聖書のこの物語は、人間の傲慢な行いや実現不可能な計画を戒める比喩としても使われる。  

 ドイツの考古学者コルデワイによって発掘されたメソポタミアの古代都市バビロン(イラク中部)のジッグラト(方形の塔、基礎は一辺が90メートルを超え、7層と推定)がバベルの塔だという説がある。これが正しいとすれば、バベルの塔は想像上の建物ではなく、はるか昔に実在した可能性もあるのだろう。絵の大きさでは2作目は1作目の半分程度だ。ただ、2作目の方が塔の完成度は高く、1作目に描かれている塔の建造を指導したといわれるニムロデ王一行の姿は消えている。それでも雲の上に届く塔の建設現場には1400人もの人間が働いている姿が描かれている。絵の精密さという点で、2作とも驚異的である。  

 私はこの絵を見て、以前現地に行ったサグラダ・ファミリアのことを考えた。1882年に着工し、2代目の設計担当として著名な建築家、アントニオ・ガウディが設計にかかわったこの聖家族教会も、まさに天まで届くような巨大な建物だった。当初は完成まで300年を要するとされていたが、近年になって2026年完成予定と公表になった。IT技術を駆使することにより、工期は大幅に短縮になる見通しだという。それでも完成までには144年という気の遠くなるような長い年月を要することになる。そして、この巨大教会の建設に従事した人たちの数は、延べどのくらいになるのだろう。私の想像を超える人数になるかもしれない。  

 旧約聖書によれば、バベルの塔を作ろうとした人類を、神が各地に散らしたというが、サグラダ・ファミリアでは、逆に世界各国から多くの人たちが建築に参加し、言葉の壁を越えて建物の完成のために協力している。そこには、バベルの塔に込められた戒め(傲慢、実現不可能な計画)を克服した人たちの姿があると思いたい。

514 サグラダ・ファミリアは悪趣味か名建築か スペイン・ポルトガルの旅(1)