小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1226 「ぼく、いいものいっぱい」 異文化で生きる子どもたちの絵本

画像「ぼく、いいものいっぱい―日本語で学ぶ子どもたち―」(子どもの未来社)という絵本が出版された。海外から日本にやってきた子どもたちを教える日本語学級で、長い間教師をしていた知人の善元幸夫さん(63)が丸山誠司さんの協力で絵本にまとめたものだ。

 それまで生きてきた世界とは全く異なる日本に移り住んで子どもたちは戸惑い、悩んだ。そうした壁をどうやって乗り越えたのだろうか。この絵本は自分の意思とは関係なく、異文化の中に放り込まれた子どもたちと向き合い続けた善元さんの思いが込められた珠玉の一冊といえる。

 絵本の紹介前に、善元さんのことを少し書いてみる。彼は1974年に教師となり、東京都江戸川区立葛西小学校の日本語学級で中国残留孤児の親を持つ子どもたちなど、中国、韓国からの帰国子女を教え始める。同校の勤務は14年に及び、羽根つき餃子で知られる東京・蒲田の中華料理店ニイハオの店主、八木功さん(彼も元中国残留孤児だった)の自立にも協力した。

 その後、新宿区立大久保小に移り、2010年に定年退職、大学で国際関係論を教えている。 絵本は、海外から日本に移り住んだり、日本で生まれ育ったりした外国の子どもたちの作文を基にして、たくましく生きる子どもとその姿を見守る教師の日常を描いている。わずか12編しかないが、異文化の日本で生きる子どもとそれを支える教師の姿を凝縮しているといえる。

「ぼくの未来」(スポット・タイ、9歳)きのう ぼくは にほんごでべんきょうしなかった。せんせいがかなしいかおになった。どうして?ぼくわるかったです。にほんごができない。おもしろくないです。せんせいごめんなさいです。ぼくはおおきくなったらタイにかえるかわかりません。(スポットさんは、両親の経営するレストランがうまくいき、日本によばれてきました。でも、なかなか日本の学校になじめず、授業時間になっても、教室をあちこち行ったり来たりのマイペース。ところがあるとき、とつぜんこの作文を書いてきてくれました)

 このように、12編には子どもの作文と絵があり、作文についての善元さんの解説が書いてある。善元さんは絵の後に、『「万葉集」を紡ぐ子どもたち』と題して、この絵本への思いを記している。それを要約する。 教師になりたてのころ、先輩から教えてもらった言葉がある。「どんな子どもでも、一人ひとりの悩みや思いがある。教師はそれを知ることから始まる」だ。授業は失敗と戸惑いの連続だった。

 日本語学級の子どもたちは、家族の都合など来日する子が多い。 新しい出会いは楽しい半面、日本には外国、アジアへの偏見、差別があり子どもたちは悲しい思いやつらい体験をすることがある。子どもたちにはもう一つの故郷が海外にあり、そこでは自国語を使う。しかし日本では家の外で母国語が使えず、子どもたちは自信を失ってしまう。そうした子どもたちが発した言葉や文章の中には強い言霊(ことだま)があるような気がする。

 私は「自分だけの言葉」を生み出した子どもを称賛し、それを生きるうえでの自信にしてほしいと願う。この本は未来の子どもたちに伝える現代の「万葉集」なのだ。