小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1165 自分史執筆のすすめ 堀淳一著「旅で出会ったアメリカ人」を読む

画像 この世の中にはさまざまな人生がある。いま、生きている人それぞれに歴史があり、何かしら他の人を惹きつける物語を持っている。昨今は、そんな自分の半生を振り返って一冊にまとめる自分史ブームのようだ。旧知の堀淳一さんから「旅で出会ったアメリカ人」という本が届いた。40年以上前の米国の大学留学時代に体験した旅の記録である。

 それは堀さんにとって青春時代を振り返る自分史の一コマなのだろう。好奇心あふれる旅で、堀さんが出会ったアメリカの人とは、どんな人たちだったのだろう。 自分史の範疇で、脱帽した本がある。杉山市平著「戦争紀行」(2007年いりす社刊)である。

 東大在学中に日中戦争に召集された著者が、中国大陸で体験した戦争の実態をつぶさに記録した本だ。462ページに及ぶ長編だが、当時の軍隊ではメモを取ることが禁じられていたため、著者は記憶を頼りに自分の体験を記した。

 この本の解説を担当した私はこのことについて「驚くのはこれだけの作品なのに、記憶を頼りに書いたということだ。著者は除隊時に没収されてしまうといわれていたため日記をつけなかったという。だが、その記憶力の確かさ、観察力の鋭さには恐れ入るばかりだ」と、杉山さんを称賛した。

 では、堀さんはどうだったのだろうか。「日本に帰ったらいつか旅行記を書こうとその時は思っていたので、会話や感じたことをメモにし資料も多く集めた」と書いている。それにしても、大昔のメモをよく残していたものだと思う。私などは、古いメモはほとんど処分してなくなっているし、杉山さんのような昔のこまかな記憶はない。

 この本は、堀さんが留学先の米国イリノイ大学があるシャンペンという町を起点に、祖父の日本画家、堀鐵山氏の米国での足跡を求めてシカゴ、デンバー、サンフランシスコ、ロサンゼルス、エルパソニューオリンズなどを回るバスの旅(1970年6月4日―31日までの27日間)を描いた「旅で出会ったアメリカ人」、留学中の出来事を記した「アメリカ点描」、そして米国での自身の体験を基にした短編小説2編で構成されている。

 堀さんは、バスの旅でさまざまな人に出会う。米国に留学した堀さんがこの国の人間に興味を持ったのは、サンフランシスコで明るく行動的な乞食に金を要求されたことがきっかけだったという。この乞食は、なぜか要求額以上は受け取らない。堀さんは「アメリカの乞食は誇りを持っている」と感心し、アメリカという国やこの国の人々に好奇心を抱いたのだそうだ。

 祖父の足跡を求める旅とはいえ、堀さんはどこの町でも行動的だった。シカゴでは急進的黒人解放闘争を展開していたブラックパンサー支部を訪問する。ヒッピーに勧められてマリファナを吸ってみたり(サウサリート)、パスポートなしにメキシコに渡って帰りに冷や汗をかいたり(エルパソ、ラレド)する。テキサスの売春宿(ラグレンジ)を見に行った体験も書いている。

 (見に行っただけで引き揚げるのだが…)あげくはサンアントニオのバスの中で知り合った男からマリファナの密売仲間に誘われという危険な体験もした。 堀さんはこのように1カ月近い旅の途中、黒人、インディアン、ヒッピー、お人よしで気前のいい「古き善きアメリカ人」も含め多くの人たちと話をする。

 それは得難い体験だったのではないか。そんな人たちとの出会いは、いずれも現在の堀さんの姿をほうふつさせる「自然体」で接していることが伝わってきて「文は人なり」を実感する。

 堀さんは、NHKで主に管理部門を歩いた人だ。2006年からは文章講座に通い、アメリカでの体験を書き続けているという。この本を読んで、堀さんは観察力が鋭く、表現も確かだという感想を持った。いまでも好奇心と行動力を失わない堀さんの自分史は、アメリカ体験以外でも読む者をドキドキさせるストーリーがあるのではないかと思う。