小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1026 戦争・高齢者・大震災の本 トルコの旅で読んだ本

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 急に涼しくなり、「読書の秋」が到来した。電車の中では携帯電話の画面を見つめる人が目立つが、本を手にした人を見かけると嬉しくなる。そんな季節である。以下はトルコの旅の合間に読んだ本。

「ザ・コールデスト・ウインター朝鮮戦争」(米国のジャーナリスト・ディヴィッド・ハルバースタム著・文春文庫上下) 朝鮮戦争といえば隣の国の戦争でありながら、日本人には米国とソ連・中国による代理戦争という戦いの実態よりも、敗戦から経済が立ち上がるきっかけになった「朝鮮特需」の方が印象強いかもしれない。

 連合国軍の最高司令官として戦後日本を統治したダグラス・マッカーサートルーマン大統領によって更迭されたのは朝鮮戦争が原因だった。以前に読んだ第一次大戦の戦記、「八月の砲声」(バーバラ・タックマン著)と並ぶノンフィクションの大著である。

 マッカーサーはチャールズ・ウィロビーら取り巻きによる「中国共産党軍は朝鮮戦争に介入しない」という誤った報告を信じた結果、北朝鮮・中国軍から手痛い打撃を受け、さらに戦況が悪化すると、中国本土への攻撃を主張、これがトルーマンの逆鱗に触れ、更迭へと発展するのだ。この本ではプライドが高く、自意識過剰のマッカーサーが、裸の王様のように描かれている。戦争にかかわった指導者たち以外に、戦場で戦った多くの兵士たちへのインタビューがかなりの部分を占めている。それがこの本のリアルさを支えていると思われる。

「高く手を振る日」(黒井千次著・新潮文庫 70歳を超え人生の「行き止まり」(最晩年)を考える一人暮らしの男が学生時代のゼミ仲間の女性と再会し、携帯電話のメールのやりとりにのめり込み、新しい生活を夢見る。しかし、相手は息子の海外転勤をきっかけに老人ホームに入ることを選択するというストーリーだ。

「老人の恋」というと、美しさとは無縁の歓迎されないものと思われがちだが、この本を読むとそうではないことが理解できる。 相手への強い思いがあれば、恋は年齢とは関係ないのかもしれない。この物語では、双方とも結婚した相手とは死別し、自由な身になっている。そして互いに惹かれ合う。だが、相手の女性は老人ホームに入ることを決断し、高く手を振りながら別れていくのだ。その潔さが現代の女性の強さなのだと思う。急激に進む高齢化社会、このような男女の話は私たちの周りで起きてもおかしくない。

「ひまわり事件」(荻原浩著・文春文庫) 隣り合う幼稚園と老人ホームを舞台に園児、老人たちとの交流の中でホームの立てこもり事件が起きる。園児と老人の心をつないだのはひまわりの花だった。軽いタッチのユーモア小説とはいえ、内容は高齢化社会福祉施設や幼児教育の在り方を問うもので社会性が高い。

 若年性アルツハイマーをテーマにした「明日の記憶」を書いた荻原浩は、この作品でも子どもと老人という「弱者」に温かい目を向けている。ホームに立てこもった老人は、実は元全共闘の闘士だ。現実にそういう世代が老人ホームにも入る時代なのだ。

「雪まんま」(あべ美佳著・NHK出版) 東日本大震災で宮城、岩手、福島3県の穀倉地帯は大きな被害を受けた。この本は、東日本大震災をきっかけに米作りの道を歩む「ゆき」という若い女性を主人公にした小説だ。教師の道を目指しながら、ゆきが米作りへと考えを変えたのは、3・11の被災地の炊き出しに自宅から握り飯を持って出かけたことがきっかけだ。

 知り合った農業試験場の女性研究者の協力で、米の生育環境が最悪の自宅周辺の水田でも育ち、しかもおいしいという品種を手に入れたゆきは、祖父や地区の老人らと「この地域はうまい米はできない」というジンクスに挑戦する。その結果は―? この小説は、日本農業新聞に2010年7月19日から大震災翌日の2011年3月12日まで198回にわたって連載したものを、震災直前からの話に改編し出版したそうだ。

 被災地で先祖伝来の田畑を失った人はおびただしいし、これを機に農業をやめた人も少なくないだろう。一方でおいしいコメを育てたいという思いで日々を送っているゆきのような人たちが被災地には数多くいる。この本は、そんな人たちへの応援歌と言っていい。主人公のような、強い女性が被災地にもいるはずだと思いながら、一気に読み終えた。 写真はトルコの山の斜面に栽培されているオリーブ。