小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1780 権威に弱い民族性 トランプ氏の相撲観戦計画

画像

 ドナルド・トランプ米大統領(72)が26日の大相撲夏場所千秋楽(東京・両国国技館)を観戦するという。土俵近くの升席に椅子を置いて座るというのだが、伝統を守るという名目で保守的な相撲協会も、米国のトップには異例の待遇といえる。トランプ氏の相撲観戦へというニュースを見ていて、太平洋戦争敗戦後、占領軍(GHQ)総司令官マッカーサーと総司令部に日本国民が約50万通にも及ぶ投書を寄せたというエピソードを思い起こした。権威に弱い民族性は、今も変わらないように思えるのだ。  

 国技館には土俵を見下ろす貴賓席があり、天皇皇后はここで観戦していた。新聞報道によると、今回は格闘技が好きなトランプ氏のために安倍首相が提案、升席に招待したという。ここは通常座布団に座るが、あぐらに慣れないトランプ氏のため特例として椅子を用意し、複数のSP(警官)が周囲に付く。スポーツ紙には千秋楽の正面升席は相撲協会がトランプ氏用に特別に確保、トランプ氏らは幕内の後半数番だけを観戦し、優勝者に「トランプ杯」を授与する予定だが、幕内前半ごろまでは正面升席の一角だけが空席のまま進行するという前代未聞の千秋楽になる見通し、という記事が出ていた。トランプ氏の相撲観戦の特別待遇は王様扱いなのだろう。  

 戦後の日本でマッカーサーとGHQ総司令部へのおびただしい投書があったことを明らかにしたのが袖井林次郎著『拝啓マッカーサー元帥様 占領下の日本人の手紙』(単行本1985年8月・大月書店、文庫本1991年2月・中公公論)である。袖井は米国のマッカーサー記念館とメリーランド州スートランドのワシントン・レコード・センター(現在はメリーランド州カレッジパークの国立公文書館)に保管されていた日本人からの手紙を閲覧、この本を書いた。  

 手紙はGHQによる占領から5年間にわたってマッカーサーと総司令部に日本各地から送られたもので、その数は約50万通に達した。差出人は政治家、大学教授、会社役員、会社員、僧侶、農民、主婦、少年少女などあらゆる階層に及んでいた。内容も哀願、請願、天皇制維持、天皇制反対、占領軍への感謝など多岐にわたっている。袖井は、占領軍トップに多数の手紙が出されたことについて、本の中で概略以下のように記した。

《世界史に数多い占領の歴史のなかで、外来の支配者にこれほど熱烈に投書を寄せた民族はない。日本占領に始まった連合軍によるドイツ占領の初期に、似たような投書現象が見られたというが、日本ほどの熱烈さはなかったようだ。この現象は日本独特のものがある。ドイツ国民にとっては敗戦も軍事占領も史上初めての経験ではなかった。いわば歴史にすれっからしの民族に比べて、当時の日本人は「12歳」(1951年5月5日の米上院軍事外交委員会でマッカーサーは、民主主義の成熟度について、アメリカが40代なのに対して日本は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだあると述べ、日本人12歳という言葉が流行った)の幼さでしかなかったし、そのナイーブさで占領という初の事態に対応したのではなったか》  

 この本の発売後、「当時の日本人はかくもみじめな存在だったが、近来とみに傲慢になった国民へのいましめとしてこの本は読まれるべきだ」という評価があったことも袖井は書いている。マッカーサーが日本を去って70年以上(1951年4月16日、NHKは羽田に向かうマッカーサーの車に対し20万人が沿道に出て見送ったと放送した)になるが、トランプ氏相撲観戦の話題は対米関係において当時と変化がないことを示しているように思えてならない。