小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

960 悪い奴ほどよく眠る 衰退する日本政治

 資金管理団体の土地取引をめぐって、政治資金規正法違反で強制起訴されていた小沢一郎・元民主党代表の判決は、大方の予想通り無罪という結果になった。裁判の過程をみていると強制起訴の根拠である検察の捜査資料の信用性が崩され、国民感情は別にしてこ無罪判決が出る確率が高いのではないかとみられていた。

 だが、この判決結果を見ていて小沢氏には悪いが「悪い奴ほどよく眠る」という黒澤明監督の映画を思い起こした。

 この映画は、日米安保条約の改定をめぐっ大きな反対運動が起きた1960年(昭和35)に公開された。三船敏郎香川京子が出演した。土地開発公団幹部と建設会社の汚職をめぐって悪い奴らが3人登場するが、実はその背後にさらに最も悪い奴(政界の実力者)が存在することを訴えた映画だった。

 だれが見ても、政治家として小沢氏がなぜ、あれだけの豊富な政治資金を持っているのか不思議なのだ。政治家の報酬(歳費)は法律で決まっている。それだけでは足りないのか、政治家は政治活動のためにカネを集める。それが献金を含めた政治資金なのだが、これを集める能力に小沢氏はたけているのだろうか。真似のできない蓄財術や錬金術を持っているのかもしれないが、そんな疑問に小沢氏は裁判過程で説得力ある答えをしてくれなかった。

 「李下に冠を正さず」という中国の故事を小沢氏は忘れてしまったに違いない。小沢チルドレンの一人の議員は無罪判決後、テレビカメラに向かってVサインをした。こんな低レベルの人が議員なのである。

 判決文をよく読むと、裁判所は小沢氏の疑惑をすべて否定したわけではない。故意および実行犯との共謀について証明が十分ではないため―というのが無罪の理由であり、検察官役を務めた指定弁護士の主張をかなり認めているのだ。

 最大の争点である共謀の有無について「共謀共同正犯が成立するとの指定弁護士の主張には相応の根拠があると考えられなくはない」と述べ、小沢氏が管理団体に提供したという4億円について、元秘書らによる虚偽記載罪が成立し、簿外処理の報告を了承していたことも認定している。小沢氏が法廷で「収支報告書を一度も見たことがない」と述べたことに関しても「およそ信じられず、一般的に不自然な内容で変遷がある」と言い切っているのである。いわば「限りなく黒に近い灰色」なのだから小沢弁護団の「完全無罪」という表現は正確ではない。周囲の感想を聞くと、小沢氏の錬金術は政治家として疑問だという声が圧倒的だった。

 かつて、日本の政界には「井戸塀」という言葉が通用する政治家が存在した。手元にある広辞苑には「政界に乗り出して私財を失い、井戸と塀しか残らないということ」とある。

 藤山コンツェルンといわれ、多くの企業のトップにいた藤山愛一郎氏は経済界から政界に入り、私財を投げ打って政治活動をした。藤山氏は「最後の井戸塀政治家」と言われたそうだから、当然ながら現代の政治家にそんな人は見当たらない。それにしても、小沢氏は藤山氏とは対極にあるように見えて仕方がない。

 日本の政治家はなぜ、国民の信頼を失ってしまったのだろうか。2つの問題点があることをだれでも知っている。一つは世襲制である。「カバン、地盤、看板」の3つをそろえるために世襲が一番有利だが、その世襲議員の質に問題が多いと言わざるを得ない。小沢氏も世襲議員の一人である。

 もう一つ、松下政経塾出身者の問題だ。野田首相をはじめ、多くの国会議員がこの塾で学んだ。次代の国家指導者を育てるためという目的で松下幸之助氏によって創設されたが、塾出身の人たちに共通するのは、口が達者で論理のすり替えがうまいことだ。塾出身の民主党の閣僚や党幹部の行動からはそんな印象しか伝わってこない。

 「選挙で投票したい政党も人もいない」。こう思う人は少なくないのではないか。だから、国政選挙、地方選挙双方とも投票率は上がらない。小沢氏が復権して民主党はひと騒ぎ確実だ。

 「混迷」という言葉で割り切ることができないほど、日本の政治は衰退の一途をたどっている。こんな政治にだれがした・・・。やはり、小沢氏の責任は大だと思う。